Imege song 約束 by aiko





深夜2時、病院からの帰り道。俺は一人、懐かしいあの場所に向かっていた。
着いた先は並盛中学校。ここに来るのは十年ぶり。閉ざされた門に手をかけ、軽々と越えて侵入する。十年前は夜中に来ることなんてなかったのに。毎朝、チャリで迎えに行ってから二人で十代目の所へ行って、野球馬鹿と、この門を超えていた。そういえば、雲雀の野郎はいつもこの門に立っていやがったな。風紀風紀うるせーのは今も昔も変わんねぇな。

グラウンドに立つと放課後に四人で野球をしたことを思い出す。チームなんかなくて、ピッチャーは野球馬鹿か俺で、どこまでボールを飛ばせるか競争してたんだよな。結局馬鹿が本気で投げすぎて、俺がキレて、十代目が止めに入って、決着が着かずに終わったんだ。今度は、昼間にでも来て、勝負の続きやんねーとな。今ならぜってー俺が勝てる自信あるんだけどな。

季節外れのプールには水はなくて、そこだけぽっかりと穴が開いたようだった。真冬のマラソン大会サボって、二人でコンビニで肉まん食ってたのがバレて、プール掃除やらされたっけ。めんどくせーって思ってたら、先に掃除に飽きたあいつがホース持ってきて、俺の煙草シケらせやがって、ムキになって二人で水かけ合って、べったべたになったあいつにムラムラしてそのまま頂こうと思ったところで、シャマルの野郎がちゃんとやってるかのぞきにきておあずけ食らった。あの時はいつも以上に殺意がわいたな。結局掃除終わらなくて、もっと怒られたんだけど、あいつと一緒なら怒られることだって嫌じゃなかった。

体育館には、バスケ部の奴がしまい忘れたバスケットボールがさみしそうに転がっていた。あいつはバスケ部だったから、3ポイントシュートが一発で入るかどうか賭けをした。あいつがクリスマスはディズニーランド行きてえなんて無茶言うから。結局入れてしまって(後から知ったけどあいつは3ポイントシューターだった)、俺はディズニーランドで一日中あいつにひっぱりまわされた。サプライズもちゃんと用意しておいて、ミラコスタを予約しておいたから、あいつは嬉しくて号泣して、涙を鼻水でぐちゃぐちゃになった不細工な顔で喜んでた。今なら入るかな、と思って、ボールを拾おうかと思ったけど、また入らなくてあいつに馬鹿にされるのは嫌だからやめた。

校舎の中に入って、2−Aの教室に行った。ここにはたくさん思い出がありすぎる。くそめんどくせー授業受けるのなんか大嫌いだったけど、1年間ずっと隣にあいつが座ってて、英語の授業以外は毎日寝てたから、その寝顔見るのが、好きだった。たまに涎垂らして、たまに寝言言って。毎日見てても飽きねえの。テスト前の放課後は、あいつも野球馬鹿も部活がねぇから、誰かの家にたまったり、この教室でテスト勉強してたな。俺以外は赤点常習犯だったから、みんなで必死に勉強してた。そんな十代目も今ではなかなかの策略家になってしまって。右腕としては嬉しい限りだったりする。

ぶらぶらと校舎内を歩きながら思い出に浸っていると、遠くの方で人影が見えた。足を止めて、じっと見ていたら、見覚えのある顔。声が出そうになったけど、その影は俺に気付かず、つきあたりにある階段を上って行った。俺は見覚えのある顔を追いかけて階段を駆け上がった。

階段の先にあったのは屋上。鍵は壊れて、ドアが開いていた。
!」
だたっ広い屋上の先にいたのは黒いワンピースを来た。俺を見て驚いた顔で、その場に立ち尽くしていた。何も言わないに向かって一歩ずつ近づいていく。目の前に立つと、10年前と変わらない小さな体に、いくらか大人びた表情に薄い化粧を施したはこの間見たときより少し痩せた気がした。
「隼人・・・」
「なんで、お前」
「隼人なら、ここに来るかと思って」
ふ、と小さく笑ったの目尻からそっと涙が零れた。
俺はつい数時間前、に別れを言ってきたばかりだ。細い左手の薬指の指輪を交換して、お互いにしっかりと手を握り合って、約束をしたばかりなのに。夢だったのかと思ったけど、俺の小指にはの指輪が、の人差し指には少し大きな俺の指輪がはめられているから、嘘じゃない。
「私、泣いてばっかりで隼人と全然話してなかったなって思ったら、すごい後悔しちゃって」
・・・」
「ほら、私たちが出会ったのってここでしょ?だから最後もやっぱりここがいいなって思ったら、隼人も同じこと考えてくれるかもしれないって思って、来てみたの。」
・・・」
「ねえ隼人、なんでかな。私がもっと、強ければよかったのかな。そしたら隼人が悲しまなくてよかったのかな。」
俺が何も言わないでいると、はぽつりぽつりと話し始めた。
「私隼人の泣き顔見たの3回目だよ。1回目は高校生の時、隼人がイタリアに行くから別れたとき。隼人いっぱい泣いてくれたよね。でも我慢できずに私が追いかけちゃったけど。2回目は覚えてる?」
が、妊娠、したとき」
「そうそう。結婚とか、そういうの隼人嫌だろうなって思ったのに、報告したら泣いちゃうんだもん。びっくりしたよ」 「だって、すげー嬉しかったし、その、となら、いいなってずっと思ってたから」
「ふふ、素直な隼人なんて珍しい」
もうこうやって話せないから。後悔なんかしたくねえから。それが現実なのに、言ってしまったら、俺は現実を認めることになってしまうから、何も言わなかった。かわりにの細い体を壊れてしまうんじゃないかと思うくらい、強く抱きしめた。壊れてしまえばいいのに。そのままひとつになってしまえばいいのに。
「隼人、ねえ、なんで私あの日の朝、寝坊したんだろ。なんで、あの日、任務に行く前に、隼人に朝ご飯つくってあげられなかったんだろ。なんで、隼人にキスしていかなかったんだろう。なんで、なん、で」
「もういいよ。しゃべんな」
「やだ、」
の泣き声が屋上に響く。何もしてやれない俺はを抱きしめるしかなかった。何を言っても事実は変わらない。俺も、も、それがわかっているから、泣く事しかできないし、抱きしめる事しかできない。
二人がどのくらい泣いていたのかわからないけど、俺にとってはそれが永遠のような気もしたし、一瞬のような気もした。けど、時間は流れている。最後の時がきた。ゆっくりと体を離して、を見ると、泣きすぎて化粧が落ちて、十年前の顔が少しだけ見えた。
「ぶっさいくだな」
「ひどいよ」
「悔しかったら、笑えよ」
目尻の涙を親指で掬ってやると、泣き笑いを見せてくれた。その顔は、世界中のどんなものより美しかった。
「最後にさ、約束しようよ」
「何を?」
「この先どんなことがあっても、私以外の女を見ないって」
「なんだよ、それ。普通そこは私のことは忘れて、じゃねえの?」
「私嫉妬深いもん。隼人の最後の女がいい」
「しょーがねえな」
どこに行っても、お前以外見るわけねえじゃん。って耳元で囁いたら、くすぐったそうに甘えた顔を見せてくれた。少しずつ、薄くなっていくのが目に見えて、心が痛い。
「お別れだね」
「ああ」
「大好きだよ。愛してる。絶対隼人以上の人いない」
「そんなもんわかってるよ。お前みたいなやつの隣にいられるの、俺しかいねえよ」
ふふふ、と笑って、じゃあねという言葉と一緒に、キスをした。十年前、初めてキスをしたのも、屋上だったな。






その場に座ってぼーっとしていたら、ポケットの中に煙草が入っていたことを思い出した。くしゃくしゃになったその中から、最後の一本を取り出して火をつける。独特の味が体全体に染み渡って、ゆっくりと空へ紫煙をはきだした。涙は、流れない。
ドアがゆっくりと開いて、ボンゴレのボスが顔を出した。額に汗が滲んでいるあたり、きっと必死に探し出してくれたんだろう。何があっても、人に心配されるというのはやっぱりうれしいものだ。
「こんなところに、いた」
「十代目」
「びっくりしたよ、突然出ていくから」
「死んだかと思いました?」
冗談めかしてそう言ってみたものの、何も返事をしてこないあたり、本気でそう思っていたんだろう。もう一度、煙草を吸った。
「死にませんよ」
本当は、あそこで一緒に死んでと言われたら、死のうかと思っていたけど。
「約束、したから」
「約束?」
「秘密です。明日も任務ですよね」
短くなった煙草を地面にぎゅっと押しつぶして立ちあがった。十代目は、気を使って明日の任務を休ませようとしてくれたけど、明日の任務こそ、遂行させなければ、何十年後かに会った時にかっこつかない。あいつが死んだ原因をつぶしてやらなきゃ。
十代目の後について、屋上を去る前にふと、後ろを振り向いた。笑って頑張れって応援してくれてる気がしたから。


いつかまた逢える時まで、
元気でいてね
ばいばい隼人





約束
(そういえば、煙草吸うっけ?)
(隼人が最後に着てたスーツの中にあったの、盗んできただけです)



20090708