ふと、気がつくと私は見知らぬ場所に立たされていた。服も髪もさっきと同じなんだけど、いる場所が明らかに違う。どうしたらいい?何が何だかさっぱりわからなくてパニックになりかける頭を必死で落ち着かせる。何度か深呼吸をして、私の1日を思い出してみることにした。
えーっと、まず今日はクリスマスだったから、朝起きて白のワンピースを着て、家の前で待っていたのよね。そしたら馬車が止まって恋人の・・・あれ?恋人の・・・。
私は自分の頭を抱えて必死に記憶の糸を探ったけど、どうしても恋人が思い出せない。記憶はあるし、何処に行ったかとか付き合う経緯とかはわかるんだけど顔と名前と声が出てこない。私が彼を見た瞬間で記憶がふつり、と消えているのだから。
こんなことで悩んでいても仕方ないから先へ進もう。そう、馬車で他愛のない話で盛り上がっていたら突然馬車が止まったのよ。びっくりして恋人サンが馬車を出て見に行ってくるって言って馬車をおりたのよね。私はなんだか嫌な予感がしたから行かないでって言ったのよ。
そしたら・・・
「伯爵が殺したんだよな」
「そうそう。その伯爵とやらが・・・え?」
突然背後から聞こえてきた声にびっくりして振り返るといつの間にか男の人が立っていた。浅黒い肌に真っ黒な髪に、正装をしているその男の人は、何ていうか女の私よりセクシーなんだけどすごく怖かった。すごく失礼なんだけど人を笑って殺してしまいそうな、そんな雰囲気。
「アナタ、誰?」
勇気をふりしぼって聞いてみたけど、男の人は私のこと完全無視。それどころか見下すようにじろじろと人を観察しはじめた(何て失礼な奴!)。
「伯爵もなかなかいい趣味してんなぁ・・・。」
「え?」
どういうこと?って聞こうと思ったその瞬間、体が宙に浮いたかとおもったら私の体は反転した。びっくりしたけど視界には男の人の背中。多分、担がれてるんだと思う。離して!とか誘拐!って叫んだら何か変わるのかもしれないけど言葉も通じなさそうなこの国で私がいくら叫んだって助けてくれる人はいないと思う。というより寧ろ、私の方が不審者扱いされそう。
そんなことを考えている間にこの男の人はすたすたと歩いていってガチャリ、とドアノブを回す音がした。何処かの家に入っていったみたいで、男の人が中に入るとドアが閉まった。全く何にも見えない私は何が起きているのかわからないまま家の中を連れていかれた。どこかの部屋にもう一度入ったところでぽいっと投げられた。
「痛っ!!」
初めてそこで家の中を見回すことができた。モノトーンで統一された部屋はすごくシンプルで落ち着いていて私好みだった。で、私が投げられた場所というのが、キングサイズのベッドの上。ベッドの上に投げられて部屋には男と女が二人きりってこの16年間の経験から言ってあまりいい予感がしない。ちらっと男の人を見るとシルクハット、手袋、ジャケットを脱いでイスの上に無造作に投げた。
それって、つまり・・・・そういうこと?
野生の勘?かな?逃げれるものじゃないとわかっていても嫌な予感がしたらそれからはなるべく避けたいもの。ベッドのすみっこに移動してその人と十分な距離をとって威嚇するつもりで睨みつけた。けどあの人にしてみたら多分捨て猫の威嚇程度にしか思えないんだろう。彼が乗ってきて、ベッドがぎしりと軋む。
怖い。
怖いはずなのに私はその人の黒い瞳から目が離せない。ゆっくりと近づいてくる。ふいに、口元を歪めて哂った。その瞬間、ここに連れてこられたときと同じようにぐいっと腕を引っ張られる。
「きゃっ・・・」
抱き寄せられたかと思うと、荒々しく投げられてまた組み敷かれていた。目にうつるのは真っ白な天井と真っ黒な男の人。
両腕をベッドに縫い付けるように抑えられていてびくともしない。私はこの人に遊ばれた挙句殺されて路地裏に裸で捨てられるんだろうな。お父様とお母様は泣いてくれるかな?あぁ、でもこんなところで死んでも私の知り合いは誰もいないからそのままかも。
怖さと悲しさでぽろぽろと涙がこぼれてきた。
「うぅ〜・・・」
両腕さえ自由になれば涙の拭えるのに全く離してくれそうにもないこの人のせいで涙でぐしゃぐしゃの私はさぞ不細工だろうな。そう思っていたら男の人は私の涙を舐めた。
「泣くなよ。俺が泣かしてるみてぇじゃん」
「あんたが泣かしてんのよバカ!!」
悔しくてそう叫んでだったのに男の人はくっくっくっと可笑しそうに哂った。笑われたことのない私は初めての屈辱に顔から火が出るほど恥ずかしくなった。
「何よっ!!」
「いや、あんたお嬢様のくせに口悪りぃなと思って。それとも逃げられないからもう開き直ったのか?」
「うるさいっ!」
「真っ赤になっちゃって可愛い」
くすりと笑って私の両腕を片手で抑え直して、空いた片手で私の頬を撫でた。一つ一つの動きが艶っぽくて魅了されてしまう。
「お前は俺のものだ」
その言葉に思わず頷いてしまった。所有物扱いされてもいい。この人の傍にいれば必要とされるのかもしれない。そんな感じがしたから。
気がついたら私の首は小さく頷いた。自分の所有物となったのが嬉しかったのか彼はまた哂う。
「名前は?」
「・・・」
「いい名前だな。俺はティキ」
さっきまで怖かったこの人が何故か愛しく感じる。彼の物になったからだろうか?彼に恋に落ちたからなのだろうか?そんなことはもうどうでもいい。私はティキを欲しがっている。ティキ、ティキ。何度も名前を呼ぶと啄ばむように口付けされた。最後に軽い音をたてて離れると黒い瞳が私をとらえて離さない。
「」
優しく名前を呼ばれて、私たちはベッドに沈み込んでいった。
情事が終った後、私とティキは二人でベッドに寝転がったまま。ベッドの下に捨てられた服ももうどうでもいい。私はティキの腕の中で優しく包まれていて、ティキは私の髪を指に巻きつけて遊んでいた。
「ねぇ、ティキ」
「んー?」
「私はなんであなたのものなの?」
「あぁー・・・」
ティキは決まりが悪そうに言葉を濁す。顔を上げて彼の顔を見ると目が明らかに泳いでる。おかしい。
「ちゃんと言って」
「言ってもいいんだけど・・・怒らねぇ?」
「怒るようなことなの?」
「いや、つーか、うんまぁ・・。俺がやったわけじゃねぇんだけど・・・。
列車でを見て、なんていうか欲しいなって思ったら伯爵がクリスマスプレゼントにくれた・・・」
私はティキのプレゼント、つまり私は物ってことよね。ちらりとティキを見ると私が怒ったのかと思ったのかごめんな?愛してるって言って額にキスをしてきた。
「これから俺の物なわけだし、もっかいヤっとく?」
貴方に溺れる
(こんな短時間でも、貴方を愛してしまったから)
2006.12.26