それは私の運命の分かれ道。


この勝負、

    負ける気なんてしないもの



右見て、
左見て、
また右見て。

「うーん・・」
「いいから早く取れよ」

ティキがずいっと私の目の前に二枚のトランプを押し付けてくる。別にとらないわけじゃないのよ。ただ、この運命の分かれ道を簡単に選択したくないだけ。

「はーやーくー。俺腕が痛い」
「今考えてるの!ちょっと待ってよ」

さっきから何回この会話を繰り返したかわからないくらい。
豪華なソファーにゆったりと座って、テーブルにはワインと果物。正装をしたティキが空いた片手で優雅にワインをくいと飲む。
そんな小さな仕草さえ優雅でつい見惚れてしまうのは悔しいけどティキを愛してるから。本人にバレないように心の中でこっそりため息。

「つーか、なんでババ抜き?」
「いいじゃない。ティキだってさっきのパーティ退屈だったんでしょ?」
「まぁね。ロードの誕生日会なんて誕生日プレゼントあげればもう十分だしな」
「そーね。よっぽど退屈だったんでしょうね、ロードも」

そう言いながら私もテーブルに置かれている葡萄を一粒とって口の中に入れる。甘くて美味しい。ゆっくりと堪能した後、皮は別の皿へ入れ、もう一粒へと手を伸ばした。

、今日は一段と綺麗だな」
「は?何よ、急に」
「んー」

ティキは私の体をじっくりと眺めて満足そうに笑った。綺麗、と言われて喜ばない女はいない。勿論私もその一人。自分を愛して欲しいと切に願う男から綺麗だと言われれば嬉しくなるのは当然で、照れてしまうのもまた当然で、私の頬が熱くなるのを感じた。

「急にそんなこと言われても気持ち悪い」
「久しぶりにを見たらなんとなくそう思ったんだよ。も俺もだけどさ、いっつも家にいないじゃん?」
「そりゃあね。貴方に白の生活があるように私にだって別の生活があるんだもの」

別の生活、とは言っても大したものじゃない。
ただティキがあんなにも人を魅了するのはきっと白と黒の世界があるから。私の知らない秘密の世界があるからあの人は妖艶で惹かれるのかもしれないと思ったら一歩でも近づきたくなって。
そんな恥ずかしいことは言えないから軽く誤魔化してみせる。

「それって例えば人間の男との生活とか?」

ティキの声のトーンが一つ、下がった。途端に心臓がドクンと跳ねる。さっきの冗談まじりの雰囲気じゃない。

「は、何言って・・・?」
「答えろ」

笑い飛ばしてしまおうかと思ったけどティキを見た瞬間、そんなことは到底できないとわかった。目が本気だった。
違うよ、とはっきり否定したほうがいいのかもしれない。でも男と暮らしているのか、と聞いているティキの顔が怒っているような気がする。
もし、怒っているのだとしたら私は期待してもいいの?
いつも私より前を行ってしまっていて、一生懸命その背中を追いかけているだけだったのに、今はなんとなくお互い対等な気分。ティキと駆け引きをしている気分。
ここでまた素直に言っちゃったらティキは興味を失くして私をおいていってしまうのかも。
そう思ったらもう少しこうやってティキと対等でいたくて、そんな風にすがっている自分が情けないやらみっともないやらでふと笑ってしまった。

「何だよ」
「別に」
「で、どうなんだよ」
「なーにが?」
「人間の男と住んでるのかって話」
「んー・・・そうね、どっちだと思う?」
「俺の質問に答えろよ」
「じゃあ、もし、イエスって言ったら」

どうする?って冗談で聞こうと思ったのに。慌てたら笑って冗談よ、って言おうと思ったのに。ティキと視線を合わせる前にソファから彼はいなくなっていて私の目の前にいた。え、と振り向くと二の腕をがっしりと掴まれ無理やりソファに押し倒された。
掴まれた二の腕が痛くてちらりと見るとティキの手の浅黒い指の隙間から私の腕見えた。血が止まって、少し変色しているような気がする。これはもう、怒っているというより、キレてる。
ティキの方を見ると彼は私をじっと見つめていた。視線が合う。
蛇に睨まれた蛙状態の私にティキは口元を歪めて笑うと私の首筋へと唇を落とした。チクリと刺すような痛みが一瞬襲ってくる。

「なぁ、お前ほんとに人間の男と暮らしてんの?二人で恋人ごっこでもしちゃってるわけ?」
「違・・・」
「どーせ人間の男なんて浮気するんだよ。お前バカ正直で尽くし続けるタイプだから飽きて浮気されていいように利用されてポイに決まってるんだよ。それがバカ女の末路だ」

確かにちょっとティキの本心を聞き出してやろうと思ったのは私です。でもね、いくら本当は人間と男と同棲してないとはいえ、そこまで言うことないでしょ。バカ扱いされたらさすがの私もキレますよ。
何て言い返してやろうと考えていると(生憎と私はボキャブラリーが少ないので必死に考えなければ罵倒の一つも出てこない)ティキが私の手首を掴んだ。その瞬間考えていた罵倒の数々は一瞬にして飛んでいってしまい、頭の中はティキでいっぱいになる。

「さっさと捨てられちまえ」

その後俺が拾ってやるから、なんて耳元で囁かれて息が出来なくなるくらい抱きしめられればもう何も考えられない。
やわらかいソファとティキの胸に挟まれて死ぬのもいいかも、なんて思うくらい今私は幸せ。

右か、左か。
素直に答えるかひねくれた意地悪を言うか。

たった一つの選択で人生って大きく変わっていくんだなって他人事のように思った。いい加減苦しくなってきてやんわりとティキを押すと、手首を掴んでいた手は解かれ、しなやかな両腕が私の頭に包むように回された。ティキ、と呼ぶと首を横に振って離す意志がないことを告げられる。

さっきまで獣のように恐ろしかったのに、次は駄々をこねる子供のよう。

妖艶で、恐ろしくて、家族思いで、秘密主義で、子供みたい。

たくさんあるティキのうちいくつを私は知ってるのかしら。
全部だったらいいのかもしれないけど、私とティキはそこまで深い関係じゃない。でも私の心はティキの全てを知りたいと願っている。

「人間の男のところなんか行くな」

少し声が震えてる気がした。私は、もしかしたらティキに愛されてるのかもしれない、なんて言葉が今更頭の中に浮かんできた。今まで先を歩いていたティキが対等になって今じゃ私のほうが三歩くらい手前。人の前を歩くのはクセになるかもしれない、なんて思ってくすくす笑っているとティキがむっとした声で笑うなって言ってきた。
無理よ、貴方が愛しくて笑いがこみあげてくるんだもの。
幸せが溢れてくるんだもの。
くすくすとずっと笑っているとティキがこつんと私のおでこに自分のをあてた。ティキの目がまた私を捕まえる。

「愛してる。他の男なんか捨てて俺の物になれ」

俺は女に愛してるなんて絶対言わない。女に惚れさせる。って言ってたティキがこんなに必死に愛の告白をしてくるだなんて。
極上の愛の告白をどうやって返そうか。この答えが出るまで返事をするのは少しおあずけにしよう。


2007.06.23