綺麗な女は嫌いじゃない。
綺麗といっても、外見の美しさとは違う、もっと内面から溢れ出るようなそんなもの。
俺の名前や顔で近寄ってくる女は腐るほどいたし、学校に入ったばかりのときは、モテることが嬉しかった。優越感に浸りながら、女をとっかえひっかえ。それでもいいってるんだから俺悪くねぇし、と思ってた。あいつに会うまでは。



!」
朝から何処探してもいなかったから、見つけられた瞬間嬉しくてちょっとだけ声のトーンがあがった。でも、クールな俺を演出するのは忘れずに。本当は駆け寄りたい気分だけど、ぐっと堪えて軽やかに歩いていった。
がいたのは中庭の日当たりのいいベンチ。てっきり図書館か談話室かクィディッチの練習場だと思っていたからここは盲点だった。諦めなくて本当によかった。
は俺の声に少しだけ反応して、すぐに本に視線を落とした。おいおい、そりゃねえだろう。
「何してるんだ?」
「何って、読書」
見てわかるでしょ、とでも言いたげな気だるい口調。わかるんだけど、俺としては会話したいんだよ。
「何読んでるの?」
「小説」
彼女が読んでいるのは異国の文字で書かれた小説で、のぞきこんでみたけど何が書いてあるのかさっぱりわからなかった。会話は終了してしまったけれど、此処で帰るわけにはいかない。の隣の空いているスペースに腰を落とした。の視線は相変わらず本。俺はずっとを見ていた。
「じろじろ見ないで、減るわ」
「減るって何がだよ」
「私のHP」
彼女の口からはおおよそ想像もつかないような言葉が出てきて、面くらった。RPGとかゲームからは程遠い存在だと思っていたから。まさか意外とゲーマーか?
「ゲーマーじゃないわよ。今の小説に載っていただけ」
「あ、そう」
こうも心を読まれているとやりづらい。考えてること全部お見通しってやつか。さて、どうしよう。
「なあ、ってエスパーみたいだけど、俺が今考えてることもわかる?」
そういうとは黙って栞を本の間にはさみ、閉じた。彼女は本を読んだり、勉強をするときだけ眼鏡をするらしく、今日ももちろんつけていた。それを外して、俺に視線を向ける。その妖艶な仕草にどき、とした。
「女、飯、悪戯」
貴方の頭の中ってほかにあるの?と聞かれた。それは心外だよ、。女にはもう興味ない。いや、正確には以外の女に興味がない。飯と悪戯は、否定はしねぇけど、やっぱり今は頭の中は100パーセントだけ。どうして彼女は俺の気持ちをわかってくれないんだろう。それは俺の過去の過ちが原因だってわかってるけど、一筋になってもう2年は経つんだからいい加減わかってくれてもいいんじゃねぇの?俺が黙っていることを肯定と受け取ったらしく、貴方の頭の中は単純よと付け加えた。
「貴方、髪に葉っぱがついてる」
の細い指が俺の髪に触れた。白くて細い、綺麗な指が黒い髪とまざりあう。言葉に表せない美しさに俺は思わず見惚れた。とれた、と言って逃げていってしまいそうになる手首をそっと掴む。まさかそんなことをされると思わなかったらしく、大きな目をいっそう丸くして驚いた。
の指、綺麗」
そう言って掴んでいた手首の、左手の薬指にそっと口付けた。触れるだけのほんの少しのキス。
の美しさは手から出ていると思う。彼女自身ももちろん綺麗だけど。その指で本の頁をめくり、ペンを走らせ、俺の髪に触れる。その仕草を見た男が彼女に寄っていかないわけがない。俺もその一人だけど、ほかの男を牽制するのにどれだけの労力を使ったことやら。男を追い払っても、彼女は俺に興味がない。興味がないなら少しずつ知ってもらうまでだ、とこんな風に隣に座って会話をしても逃げられなくなるまできたんだ。少しくらいいいじゃないか。
指先、手の甲、掌。何箇所にも口付けて少しずつ距離を縮めていった。彼女の表情はわからないけど、驚いたのか手が完全に固まってる。あいている手を彼女の腰に伸ばして、ゆっくりと抱き寄せた。
、俺、本気で好きだから」
耳元に唇を寄せて、囁くようにそっと彼女に俺の想いの全てを伝えた。

視線を合わせるとの目はとろんとしていて、頬は紅潮していた。これはチャンス、今しかねぇと思い、目を瞑って顔を近づけていった。
「・・・あ、ちょ、ばか!」
ぱしん、と乾いた音がして俺の頬がひりひりして熱くなった。女に平手打ちをされたのなんて初めてのことで、次は俺が目を白黒させる番。
「こ、こーゆーのはっ、好き好きすきになってからするんだから、まだだめなの!ばかばかばか!シリウシュのばか!」
そう言っては立ち上がると、本を置いたまま逃げるように走り去っていった。ベンチには、俺と本が置いてけぼり。
「は、あははは、シリウシュって誰だよ」
久しぶりの本気の告白だったんだからどきどきしてたのはお前だけじゃないよ。力が一気に抜けてずるずるとベンチからずり落ちた。両腕をさっきまで座っていたところにかけると、指先に彼女が置いていった本があたる。少し腕をのばしてそれを手に取ってみた。栞からは、彼女がさっきつけているコロンの香がする。
「ちょっとこれは、反則だろ」
さっきの彼女の顔と抱きしめたときの香を思い出して、本に顔を突っ伏した。
もう少し、このドキドキがおさまったら彼女を迎えにいこう。



ポーカーフェイスが崩れる瞬間

2007.03.14
title byアナーキストさま