どこを見ても人、人、人。
みんな作り笑いばっかり。その笑顔の裏に何を隠してるかわかってるんだからね。
お金が欲しいからって、地位が欲しいからって、媚売ってばかりの大人なんてみっともない。不相応な役職を与えたところで職務怠慢ですぐ潰れてしまうのは目に見えてるんだからね。絶対そんな奴信用しないし相手にもしてやらない。
当たり障りのない世間話から自然と仕事の話へと持ち込む手口がみんな一緒なのよ。誰がそんな低レベルな手に乗るもんですか。
お見合い話を持ちかけて上手く自分の家柄を上げようとするのも嫌。あたしは恋愛結婚するって決めてるんだから。それに脂ぎった親父の息子なんてまともな奴じゃない。モヤシか極上のボンレスハムだけよ。
もううんざり。

イライラしながらテーブルに乗っていたシャンパンをぐいっと飲み干した。お酒は飲めないわけじゃない。けど、好きじゃない。
酔ったところにつけこまれたら元も子もないから。それでも今日のこの大人達の鬱陶しさにはさすがのあたしだって飲まずにはいられない。こんなちっぽけなグラスじゃなくてジョッキ一杯を一気飲みしてやりたい気分だわ。
サポーターの中でも特に、金銭面で支援してる人達の交流パーティだか何だか知らないけど結局そんなの表向きだけでしょう。
だからお父様もお母様も来なかったのよ。めんどうなことは大嫌いで全部娘に任せるような適当な両親だってことすっかり忘れてた。
さっきのシャンパンをもう一杯ぐいっと飲んで、少し遠くで楽しそうに脂ぎったおじさんと話している科学班室長とやらをじーっと観察した。
今回のパーティを取り仕切っているのがあの人らしい。最初に挨拶をしてたけどなんだか胡散臭い。人当たりの良さそうな笑顔だけど、そういう人に限って絶対何かあるのよ。と、いうより何かない方がおかしいわ。あの人きっとサイボーグよ!そうに決まってる!だって科学班室長っていうことは連日徹夜の人達なはずだもの。でなきゃ科学班の人達に支給する栄養ドリンクがあんな異常な本数なわけないわ。なのにあの人はクマ一つなし。

「絶対人間じゃない・・・」

小さく、ほんとうに小さな声でぽつりと呟いただけなのに遠くにいる科学班室長がこっちを見た。目が合ってにこりと微笑む。
こんなに騒がしい中私の声が聞こえるはずはない。少し声を張らなきゃ目の前の相手にすら聞こえないくらいなのに、あんな呟きが聞こえるなんて、やっぱりサイボーグ!?
私の頭の中では怪しい実験だとかドリルを持ち出して人体改造とかとにかく妄想がヒートアップしてしまって、ここにいる人間全部がサイボーグに見えてきた。
やばいやばいやばい、どうしよう。
きょろきょろとあたりを見回すものの知り合いなんているわけがない。そうこうしているあいだにもサイボーグ室長は相手のひとと話がすんだみたいで挨拶をかわして離れた。そして、やっぱり、私のほうへとにこにこ笑いながら向かってくる。
私は飲みほして空になったグラスをぽいっと投げて逃げ出した。きっと有能なスタッフさんが落ちるギリギリでキャッチしてくれていることを祈ります。
広間を出て適当に廊下を走っていると中庭に出た。
さっきの派手なパーティとは違ってここだけ別空間みたいな、不思議な中庭。
ファンタジー映画に出てきてもおかしくない庭にはもちろん煉瓦作りの細い道があった。夜で、あたりは真っ暗なはずなのに不思議と道がはっきりと見えたから、さっき飲んだシャンパンのせいか、ぽーっとしたまま道に沿ってとぼとぼと歩いた。少し歩くとすぐに行き止まりになっていて噴水があるだけ。
私ここに何しに来たんだっけ。てゆうか、なんでこんなところにいるんだっけ。あたま回んないかも。あたまは回んないのに、景色はくるくるまわってるよ、あぁもしかして私が回ってるのかも。景色かも。もうどうでもいっか。
どうにでもなれーと思って重力に任せて後ろに倒れたのに、地面と後頭部が再開を果たすことはなかった。

「大丈夫?」

心配そうに見てきたのは黒い服を着た赤毛の少年。おお少年よ、ありがとう!

「らーいじょーぶよ!」
「全然大丈夫に見えないさ。今日のパーティの出席者だろ?酔ってんの?」

未成年はお酒飲んじゃだめさ、て言いながら私の腰に回っていた腕が急に強い力で私の体をどうでもいい気分になる前の姿勢に戻した。よく見たら、少年の着ていた黒い服はただの黒い服じゃなくてエクソシストの証の団服。あらー、この少年エクソシストさんね。
毎日命をかけて世界を救うために戦う選ばれた戦士、なんてたいそうな言い方をするもんだからもっとごつくてムキムキの大男ばかりだと思ってたのに。

「中庭なんかにいちゃだめさ。会場まで送っていってあげるから」
「や!」
「やって言われても・・・。女の子がこんなところに一人でいたら危ないさ」

帰ろう、と赤髪少年は私の目線に合わせて優しくいってくれるけど、あんなつまんないとこに戻りたくないもの。
手をひいて帰らせようとしたから思わず道端に座りこんだ。さすがにこれには少年もびっくりしたみたいで、目が飛び出そうなくらいびっくりしてる。

「ちょ、何やってるんさ」
「かーえーりーたーくーなーいー!」
「困るって!マジで!」
「やだもん!やだもん!やだやだやだ!」

少年の手を振り払って、ドレスを握りしめて、ぷいっとそっぽを向くと少年が困り果てた顔をした。
じじぃに怒られるさーって声が聞こえた後、肩に何かが乗せられる。

「この季節に、ノースリーブじゃ風邪ひくさ」
「ありがと・・・」
「意外と素直なんさね」
「何よ」
「こんなおもたいコートいや!って駄々こねるかと思ったさ」

いいこいいこって頭撫でられたらちょっと嬉しくなって、体がむずむずして、恥ずかしくなったから少年がかしてくれたコートで顔を隠した。

「ん?やっぱり風邪ひいた?」
「そんなことない!会場には戻らないからね!」
「・・・りょーかいっす」

いいの?って聞いたら、我侭お嬢様は俺みたいなやつの言うことなんか聞かないってわかったよって言って少年は私と向かい合うようにして地面に座りこんだ。夜風が顔に当って少し酔いがさめてから、少年はたくさんの話をしてくれた。
エクソシストの仕事のこと、仲間のこと、パンダのブックマンさんのこと。
小さい頃からお父様の仕事を継ぐために家に篭りきりで勉強ばかりさせられてた私には御伽話のような話だったけど、そこに少年はいて、彼の口から出るびっくりするような、そしてちょっと悲しい話は全部現実のものだった。

「パーティ、そろそろ終わる時間さ」
「ほんとに?」
「ああ。よし、帰るか」

固いとこにずっと座ってたからケツ痛ぇって言いながら少年は立ち上がってくーっとのびをしてから、私に手を差し伸べてきた。最初に助けてくれたときと同じように。
でもこの楽しい時間が終わるのはぜったいやだから、最初と同じようにぷいっとそっぽを向いて小さな反撃。

「パーティ会場に戻らないのはいいけど、家に帰らないのはご両親が心配するからだめ」
「だって・・・」
「送ってってやるから」
「・・・でも」
「でもじゃない。俺は、家族を大切にしない女の子は嫌いさ」

嫌っちゃやだ!って言ってがばっと少年の腕にしがみつくと少年は冗談さーと笑って引っ張りあげてくれた。

「黒の教団のサポーターなら、何かの縁でまた会えるかもしれないさ」

大きくなった槌の枝に少年が手をかけて私の腰をしっかりと抱いて離さないでと耳元で小さく言ったから、私は絶対少年の体に巻きつけた両腕を離さないようにしっかりと抱きついた。
伸伸伸ー!って叫ぶ声を聞きながらなんとなく、また会える予感を感じた。



ヘイボーイ!
(あの夜、私は君に恋をした)
2007.12.24
title by アナーキスト