さよなら、じゃないよ









君は下を向いたまま、黙っていた。僕は君の向かいに座って、君のいれてくれた紅茶を飲む。
此処は僕の部屋だけど、紅茶をいれるのは君。珈琲は苦くて嫌いだと言って紅茶セットを一式持ってきた。それ以来、君が遊びに来たときは持ってきた紅茶セットで紅茶をいれる。美味しいでしょ、と嬉しそうに笑う君を見るのがすきだった。
ねえ、君の好きな紅茶があるんだから、笑ってよ。
「ごめん、私きょーやくんの言ってる意味がよくわからない」
「だから、僕はイタリアに行く」
「マフィアだから、ってこと?」
ずっと下を向いていた君が少しだけ顔をあげて聞いてきた。くるくると色んなものを映す瞳には溢れんばかりの涙。
「そう。沢田綱吉達と一緒に」
「いつ」
「来週の水曜。朝一で」
「もうすぐだね」
それきり、言葉が途切れた。君が何を考えているのかわからない。僕は用意していた言葉が言えず、黙ってまた紅茶を飲んだ。すっかり冷めきってしまっているそれの味が今の僕の舌では全くわからない。今日はやけに喉が渇く日だ。
「あ、のさ、お願いがあるんだけど」
「何」
君はもう一度黙ってうつむいた。そしてメイクをしているにもかかわらず、腕で目をごしごしとこすってぐいっと顔をあげる。
「私のこと、忘れないでいてほしいんだ。ほら、イタリアってきれいな人多いでしょ。だから、これからきょーやくんには、美人な彼女がたくさん出来ると思うけど、たまに日本のこと、思い出すときとか、あんな馬鹿な女いたな、って。いいことでも、悪いことでもいいから、私のこと忘れないで。私もずっと、ずっと、きょーやくんのこと、わ、忘れないから」
無理やり貼り付けた笑顔はみるみるうちにくしゃくしゃに崩れていった。最後のお願いは涙声でかろうじて僕の耳に届いた。僕は、そんなつもりじゃなかったのに、いつの間にか立ち上がって君の隣に座り、泣き崩れた君の脇の下に両手を入れて持ち上げ、自分の膝の上に乗せた。
「やっ、だぁ」
「煩い。黙ってないと咬み殺すよ」
それだけ言って君の体を抱きしめて小さな頭を無理やり胸に押し付けた。いつもは壊れないようにそっと扱うけど、今の僕にそんな余裕はない。痛いくらいの力で抱きしめていたから君も抵抗をやめて、大声で泣き始めた。本当は泣かないでほしいんだけど、今の君には到底無理だからせめて僕の胸の中で泣けばいい。君の悲鳴にも近い泣き声が僕の胸に刺さって、僕も泣きそうになった。ぐ、と堪えて、いつもの声で君の耳元で囁く。
「5年後、迎えにくるからいい女になって待っててよ」



シロに落とされた染みみたいに僕は悲しくなる
(大人になったら迎えに来るから)


2008.03.18