好きになってしまいそう






ひまだひまだひまだひまだ
さっきから何回ひまって言ってるんだろう。もう数えるのもめんどくさい。でも、授業にも出たくない。だって、あんなものが人生の何の役に立つのかわからないし、人間の面白さもわからない。集団行動が大好きで、虐めと陰口と他人を陥れることを生きがいにしているちっぽけな生き物。面白くない、つまらない。

「あー」

うなり声に似たものを吐き出して、誰も使っていない美術室の机に寝転がった。どうせここには誰も来ないし、このまま放課後まで寝てしまおうかな。どうせ、教室に戻ったって寝るだけだし、今日はこのまま昼寝決定。
そう思いはじめると瞼が重くなって、意識がゆるゆると沈んでいく。ミニスカートだから、ブランケットでも持ってこればよかったな、なんて思いながら、眠りに落ちた。









どのくらい寝たんだろう。
時間を見ようと体を起こすと、私の体には誰かのブレザーがかけてあった。誰のだろうと思って辺りを見回しても誰もいない。ブレザーのポケットにも持ち主を教えてくれる物は何もない。さて、どうしたもんか。ブレザーの主がここにまた戻ってくるなら私は待っていれば問題ないんだけど。なんとなく持ち主が気になって眠れない。時計は12時半をさしていた。ああ、お昼か。
ガラと後ろのドアが開く音がして、振り返った。ドアを開けたのは、多分同じクラスの男の子。

「お、おはよ」
「あ、おはよう、ございます」

なんで敬語なんだ私。少年は私の間抜けな表情を見て笑った。

「すっげー寝起きの顔してるさ」
「だって、寝起き、だし」
「それもそうさね」

よく見ると少年の手にはたくさんのパン。しかも甘いものばかり。こいつ甘党?
私がじっとパンを見ていたことに気づいたのか少年は私の元まで来て、机の上にパンを全部乗せた。

「腹減ってね?」
「・・・すいてるかも」
「だと思った。お好きなものどーぞ」

そう言われてパンを見ると全部私の好きなものばっかり。うわあ、この中から一つ選べない。メロンパンも大好きだけど、クリームも捨てがたいし。悩む悩む。
パンの前でうんうん唸っていると少年が笑って何個でもいいよと言ってくれたから、遠慮なくメロンパンとクリームパンをいただいてしまった。

「あ、飲み物」

忘れてたと言って少年はポケットから紙パックのいちごオレを取り出してはい、と渡してくれた。いちごオレは私が毎日お昼に飲んでいる愛用ジュースだったりする。ありがとうと言って受け取ってストローをぷすりとさしてジュースを飲んだ。左手にジュース、右手にパン。意外とお腹すいてたみたいで、夢中で食べていると隣から視線を感じる。食べる手を止めてちら、と隣を見ると少年がじっと見てた。

「何?」
「いい食べっぷりだなと思って」
「女の子らしくない食べ方って?」
「うん」

そんなあっさり言わなくてもいいじゃない。そう思ったけど、女の子らしくないのは事実だし、少年が嬉しそうに頷くから反撃する気がうせてしまって、何も言わずメロンパンの最後の一口を食べた。御馳走様でしたと両手を合わせていちごオレの最後の一口を飲む。空になったパックはカパカパと間抜けな音を出して膨れたりへこんだり。少年も食べ終わったみたいだけど、特に話しかけてこない。私も少年に話しかけない。こんな時、普通の女の子ならどんなことをするんだろう。なかなかかっこいい少年を二人きり。どきどきしちゃうのかな?沈黙なんてないのかも。可愛らしく少年の名前とメールアドレスなんかを聞いちゃうのかな?いや、どっちかっていうと少年に聞いてもらうよう仕掛けるのかも。生憎とそんな高等技術を持ち合わせていないから、私はぼーっと少年の顔を眺めるのが精一杯。見ていても、何をするわけでもないので、頭がぼーっとしてきた。いかん、眠い。

「ん?眠い?」
「んー」

寝ないよーという意味も込めて目をこすって無理やり開けようとすると、少年が私の手首を掴んだ。

「ん?」
「目ぇこすったら赤くなっちゃうさ」

少年が、近い。なんていうんだろう、こう、あと3センチでくっついちゃいそうな、そんな距離。不覚にもどきどきしてしまった。少年は私の気持ちなんて気付くはずもなく。少年は机の上に胡坐をかいて、自分の膝をぽんぽんと叩いた。

「なに?」
「こーゆーこと」

少年が掴んだままの私の手首をぐいっとひくと、私は彼の膝に倒れこむ。これは、所謂、膝枕というやつで。普通は立場が逆なわけで。 私、パニックです。

「え!え?」
「まず、こんなところで女の子が一人で寝ない。ミニスカートで爆睡しない。俺以外の奴が入ってきたらどうするんさ」
「すいません」

なんで私が謝ってるのかわからないけど、少年の声がさっきより低くなった気がしたから。大人しくここにいたら怒らないのかな。上から降ってきたご機嫌斜めオーラが消えたから、きっと私は大人しくするのが吉なのかも。少年の膝の上でぼーっとしてたら意識が朦朧としてきた。うん、やばい、これ寝そう。同じクラスではあるんだけど、名前も知らない少年の膝でのうのうと寝てしまっていいのか。
そんなことを考えていたら、私の腰あたりに何かが乗った。上半身を起こしてみると、さっき寝ていたときにかかっていたブレザー。

「これ、」
「スカートで寝たら危険さ」
「うん、そうじゃなくて」
「ん?」
「さっきもこれかかってたけど、君の?」
「そうさ。それから俺の名前、もしかして知らなかったりする?」
「あー、うん、ごめん。同じクラスってことはわかるんだけど」
「あっさり言うなー」
「だって知ってるふりなんて出来ない」
「ま、いいけど。俺ラビ。覚えてね?」

気が向いたらねなんて言いながら、起こしたままの上体をおとして、また少年、ラビの膝に頭を乗せた。でも次は仰向けになってラビの顔が見えるように。なんとなくだけどちょっと興味がわいたから。ほんとにちょっとだけ。

「ね、ラビはなんで私がここにいるって知ってるの?」
「俺はリノアのことなーんでも知ってるさ。女子の集団が苦手なのも、窓際の席で日向ぼっこするのが好きなのも、グループ活動のある授業の時間はいつもこの教室ですごしてるのも」

ラビは窓の外を見たまま、優しい声でそう言った。

は学校つまらない?」
「つまんない。学校なんか嫌い。人間も嫌い」
「そうかなあー。俺は人間の人間くさいところが好きなんだけどなー」
「何それ」
「例えば、学校って空間はさ、くだらないって思ったら悪いとこしか見えてこないけど、こんなにたくさんの人に一度に知り合う機会なんて社会に出たらないんだよ。みんなで一つの物を作り上げたり、学校帰りにどこかに遊びに行ってみたり、彼氏と2ケツしたり。そういうのって今しか出来ないことだから、馬鹿みたいなくだらないことを全力で馬鹿みたいに楽しむのが人間だろ」
「別にそんなことしたくない」
はしたくないんじゃなくて、出来ないんさ」
「そんなわけ、」
「あるでしょ。知ってるよ、俺。俺らが昼休みに野球してんの見てるのも、球技大会に病弱だからって見学してたけど、ずーっと自分のクラスの競技見てたのも。くだらない馴れ合いが嫌いっていうけど、ほんとは嫌いなんじゃなくてうまく馴染めるか不安で怖くて逃げてるだけだろ?」

反論してやりたかったのに、言葉が出なかった。悔しい悔しい悔しい。喉の奥からたくさんの感情がごちゃまぜに一気に出てきてしまって、私はその感情をどうやって言葉で表現するのかわからない。わからなさすぎて、悔しくて、パニックで、気がついたら涙が出てきた。それを見られるのも悔しくて、ラビの膝から退いて教室の隅っこに逃げた。隅っこでしゃがんで、後ろからやってくるであろうラビに背を向けて両腕に顔を埋めた。そうやっていれば自分を守れるような気がしてたから。

ー」
「うるさいうるさいうるさい!どっかいって!」
「やーだーよー。俺をこっちの世界に引っ張ってやりたくて来たんだもん」
「そんなのいらない!」

ドンという音がした。多分ラビが机から降りた音。それからぺたぺたとスリッパがこっちに近づいてくる。私は自分の両腕をぎゅうっと強く握った。すりっぱは私の真後ろで止まる。

ちゃーん。ねー、俺と楽しい高校ライフを送ろうよ」
「やだ!」
「俺もやだ」

突然後ろから脇の下に両腕を突っ込んできたかと思うと、力任せにぐいっと持ち上げられた。精一杯の抵抗をしたけど男の子の力に敵うはずもなく、あっけなく私はさっきいた場所に連れ戻された。泣いた顔を見られるのがいやだったから正面にいるラビにぷいっと顔をそむける。さっきどきどきした自分のばか。

「俺嫌われちゃった?」
「嫌い」
「ひどいさー。俺はただ、に笑顔になってもらいたいだけなのに」
「あっちいって」
「さっきまであんなに素直だったのに」
「今嫌いになった」
「でも、俺の言葉、図星だったでしょ?」
「別に」
は人間くさい人間が嫌いって言ってたけど、俺から見たら一番人間くさいのはさ」
「・・・」
「ね、騙されたと思って1ヶ月俺と高校生らしいことしてみようよ」

ちらりとラビを見ると、彼の目はまっすぐ私を見ていた。その目は怖いくらい私を見ていて、まるで心の中まで見透かされているような気分になった。口に出すのは癪だけど、多分もう私は彼から抜け出せない。猫のような自由な生活も、一人ぼっちのお昼ご飯も、もうないんだろうな。そのかわり私の左手をしっかりと握る彼が毎日隣にいる、たくさんの人間と関わる生活が待っている。







2009.06.02