細い道を一人で歩く。
リーマスに書いてもらった地図をもう一度見た。一本道だから迷うことはないのだけれど。
目的地までもう少し、というところで足が止まった。
すうっと意識が遠のいていくのが感じられる。体中の力が抜けていってるはずに、それは心地よい気分だった。
「おい、!」
はっと気がつくと、また同じ道の同じ場所に立っていた。目の前にはシリウスとリーマスとピーター。あれ、なんで?
ピーターは両手に抱えきれないほどのお菓子とワインを持っていて。ほかの二人の手には長年愛用している杖。
ぼーっと三人を見ている私を見て心配そうにリーマスが声をかけてきた。
「大丈夫?行くのやめる?」
「行くって、何処に?」
「馬ー鹿。ポッター夫妻の家に決まってんだろ。ハリーが生まれたのに会いにいかなかったバカに付き合ってやってんじゃねぇか。もう生まれて5ヶ月はたってんぞ」
ポッター夫妻、というところを少し嫌味たらしく、それでいて嬉しそうに言うのがシリウスの癖。
それを言われて私は今日の目的を思い出した。さっきのなんで、がどこかにとんでいってしまった。
「馬鹿はそっちでしょ。ちょっと今頭が真っ白になってただけよ。大丈夫なんだから」
「ふーん。それは4年の時にクィディッチやろうとして箒に乗って2メートルのところで落ちたときと同じ感覚か?」
「シリウス!」
こいつはいっつもそうなのよ。思い出したくもない恥ずかしい過去をぬけぬけと・・・!卒業してからちっとも変わってないわ。一度頭割って脳みその中身成分分析してやりたい。
今にも魔法のかけあいが始まりそうな雰囲気を察して、リーマスが私達の間に入った。
「ここでケンカしたら二人にバレちゃうよ?せっかく驚かそうと来たのに台無しだろう」
やんわりと、それでいて絶対に逆らえない空気で言われて私もシリウスも黙ってはい、と従った。彼に逆らうと怖いことは体が覚えているから。後ろから一生懸命よたよた歩くピーターに早くしろと声をかけてまた一本道を歩き始めた。
しばらく歩くと大きくもなく、小さくもない家が見えてきた。向こうにバレる前にリーマスが私達に姿隠しの呪文をかけてくれる。勿論、自分にかけるのも忘れていない。
見えないからバレるはずもないんだけど、こっそりと歩いて家の前までついた。庭は丁寧にガーデニングが施されているあたりはきっとリリーが毎日せっせと手入れしているんだろう。マグル式のガーデニングをしているみたいで、私達の知らない道具ばかり置かれていた。ピーターがそっとその道具に触れようとしていたので、シリウスがごつんと頭を殴る。
「ひどいや、シリウス!」
「うるせぇ!お前がまた何かやらかしてバカップルにバレたら計画潰れるだろうが!!」
「だ、だって・・・」
「ぎゃーぎゃー騒いでバレる前にさっさとやるわよ」
「同感」
二人が喧嘩している間に私とリーマスはさっさと扉の両脇に立った。慌てて二人もそれに習う。
シリウスと私が左側に、リーマスとピーターが右側に。杖を構えてお互い準備が出来たと合図をし合うと、リーマスがコンコンと扉をノックした。
扉の向こうで足音が聞こえてくる。バカっぽい鼻歌が聞こえてくるから絶対向こうにいるのはジェームズ。
こんな子供みたいなイタズラするなんて学生時代以来。昔はもっとすごいイタズラを(バレたら退学間違いなしの)しても緊張しなかったのになんだかドキドキしてきた。ぎゅっと杖を握り締めて、隣にいるシリウスを見ると、すごく活き活きしていて、勿論リーマスとピーターも。
大人になってもみんな変わらなくて嬉しくなった。
二人も変わってないといいな。
ギィっとドアノブが回され、扉が開いた瞬間、シリウスとジェームズの杖は扉の奥へ。私の杖はアホ面ジェームズの前へと指した。
「Congratulations!!」
全員でそう叫ぶと、私の杖からはピンクの光と共にCongratulationの文字が浮かび上がり、ジェームズの顔の前でキラキラと光った。
シリウスの杖からは花火が、リーマスの杖からは鹿と狼と鼠が出てきて部屋の中を楽しそうに駆け回っている。ピーターは失敗しそうだから荷物持ち。
ジェームズは突然のことに驚いたみたいで声も出なかった。まさにアホ面。いつも王様だったジェームズのそんな顔を見て堪えきれなくなったのかシリウスがぷっと吹き出す。それにつられてリーマスもピーターも私も、一斉に彼を指差して笑い始めた。
「あはは!ジェームズその顔最高!」
「セブルスあたりに見せてやりたいな!」
いつもなら火山が噴火したみたいに怒りはじめるはずなのに、今日はそれがない。それどころか下を向いてプルプルしてる。
ひとしきり笑い終わったあと、それにようやく気付いて、お互い顔を見合わせた。ちょっとやりすぎたのかも。
「ジェ、ジェームズ?」
リーマスがおそるおそる声をかけると急にジェームズが顔を上げた。今度はシリウスが驚く番。
「ぬおわぁっ!」
「最っ高の友達だよ君達は!!」
魔法でもかけられるのかと思ったらジェームズはリーマスとシリウスとピーターにまとめて飛びつき、最高のハグをキスを送っていた。リーマスは過度のスキンシップにちょっと嫌そうな顔をしていたけど。
「ジェームズ、何事?」
奥から聞こえてきたのは懐かしい、大好きな聖母マリアのようなリリー。
さっきとは違う控えめな足音と共にエプロン姿のリリーがひょっこりと玄関に姿を現した。
「リリー!!」
「!」
4人を押しのけてリリーが私に抱きついてきた。私もそれにしっかりとこたえて久しぶりの再開を味わう。
離れると二人が仲良い姿を見たくないって思うのに、会うとどうしても嬉しいんだよね。にんげんの気持ちって不思議。
「ジェームズからイギリスに帰ってきたことは聞いていたけどなんで私に連絡くれなかったの?結婚式には絶対を呼びたかったのに。それにハリーが生まれたときだってシリウスじゃなくてに名付け親になってもらう予定だったのよ?」
「ごめんね。仕事で連絡がとれない場所にいたのよ。二人が結婚したことも後からバカ犬に聞いたくらいだし。子供が生まれたってことだって昨日知ったばかりなの」
仕事なら仕方ないわね、としょんぼりしていうリリーはおかあさんになったはずなのに昔とちっとも変わってない。
「4人で会いにきたことはなかったから、驚かすついでに結婚と出産おめでとうって言おうと思って」
「おめでとうのついでに驚かせたんじゃなかったのかい?の魔法のおかげでまだ目がチカチカしているんだけど!」
ジェームズがぷんぷんと背後に効果音をつけながら文句を言ってきたけど全然可愛くない。
「それに君は僕とシリウスをキュンキュン鳴かせてやる約束をしたじゃないか!」
「一人で毎日さみしい生活を送ってるシリウスよりしまりのない顔をしたジェームズを驚かせたほうがよっぽど面白いもの。」
「パパになって気が抜けたんじゃねぇの?さっきだってに杖を向けられて反応できないなんて、天下のジェームズ・ポッター様とあろう者が」
にやにやしながら二人でいじめてやるとジェームズはうっと言葉をつまらせた。よっぽど親バカ生活だったみたいね。
ジェームズが赤ちゃん言葉なんて使ったら私笑い死ぬわ!
「僕だってな・・!」
「はいはいジェームズ。二人の言ってることは本当なんだから無駄な抵抗はやめて頂戴」
リリーがいつものようにジェームズを一掃すると怒られた子供みたいにしゅんとなって黙った。そんな彼を見るリリーの目が愛しそうで、綺麗で私は胸が苦しくなった。
お互いをわかりあってる二人だからこそ結婚出来たのよね。
ホグワーツの間だけの関係じゃなかったのね。
やっぱり彼の隣に並ぶのはリリーが一番ふさわしい。
「みんなが持ってきてくれたお菓子とワインで学生時代に戻りましょうか」
リリーがそう言うとジェームズはぱあっと明るくなってさすが僕のマイスイートハニー!素晴らしい提案だよ!って言いながら彼女を抱きしめてくるくる回していた。リリーも困った人ね、なんて言いながら頬にキスを返す。
シリウスが心配そうにこっちを見てきたけど、大丈夫。逃げていた反面どこかで区切りをつけたかったんだから。
目がまわるまえにリリーをおろして二人は家の中へ入った。リーマスとピーター、シリウスの後ろに私の順番で家の中へ入っていく。
丁度玄関に入ろうと足を一歩踏み出した瞬間、また視界が白くなった。
白いものが晴れるとそこには空き家が一軒ぽつりと佇んでいるだけだった。
マグルの道具が置かれている荒れ放題の庭、ドアにはpotterの文字。人が住んでいる気配はない。
間違いなく、さっきと同じ場所に立っているのにリーマスもピーターもシリウスもジェームズもリリーもいない。
なんでさっきの光景を現実だと思ってしまったんだろう。
ジェームズとリリーが死んでから十四年も経っているのに。それに、シリウスだって死んだのに。
私は、ジェームズに会って連絡先を教えて、それで、結局、二人の新居に遊びにいくことはなかった。
現実をみるのが怖くて逃げ続けていたんだ。
子供も生まれたし遊びに来て、というふくろう便を何通も受け取ったけど結局何かしらの理由をつけて会いにいくことはなかった。
シリウスはよく遊びにいってたみたいで時々ハリーの話をしてくれた。ジェームズにそっくりで目はリリーみたいだ。あいつはきっと偉大な魔法使いになるぞ!なんてったって二人の息子で俺が名付け親なんだからな、って。
お前も早く会いにいってやれよ、リリーがさみしがってるぞ。
シリウスの声が聞こえた気がした。そんなはずはない。
私はそっとpotterの字をなぞってからドアノブに手をかけて、入るのをやめた。
一歩入ってしまったら、シリウスのひねくれた意地悪な優しさを求めてしまうから。
ピーターの弱弱しさの中の気遣いを求めてしまうから。
リリーの母のような温かみを求めてしまうから。
ジェームズの自信満々な笑顔を求めてしまうから。
学生時代の、6人で笑い合っていた日々を求めてしまうから。
なくしてしまってからその大切さを知るなんて愚かだ。
なんで結婚したときに一番に駆けつけてやらなかったんだろう。
なんで子供が生まれたときにおめでとうって言ってやらなかったんだろう。
なんで遊びにこなかったんだろう。
もし、私が一度でも遊びにきていたらあの幻が現実になったんだから。
みんなで笑っていた思い出が一つ増えたんだから。
今はシリウスもピーターもリリーもジェームズもいない。リーマスと私だけ。ジェームズに似たハリーにだって怖くて会えない。
私はドアの前に立ち尽くしたまま。
私の気持ちと同じ。前に進むことも出来ず、現実を見ることも出来ず、でも逃げるのは怖くて出来ない。
そのままどのくらいの時間が過ぎたのかわからないけど、声が聞こえた気がした。
、と優しくシリウスが呼んだ気がした。
ジェームズとリリーが、隣にいる気がした。
ハリーを守って
シリウスが頭をくしゃくしゃっと撫でてくれた気がした。
がんばれよ
気がつくともう夜で空には星が輝いていた。どれがみんななんだろうと呑気に仰ぎ見ていると、箒が飛んできて例のあの人かと思ったらリーマスだった。よっぽど飛ばしてきたみたいで着地したら相当息があがっていた。迷惑かけちゃってごめんね。
「!」
「そんなに慌ててどうしたの?」
「君が帰ってこないから心配していたんだよ!君までっ・・・闇の勢力にやられたのかと思って・・・」
無事でよかった。
リーマスは私をハグしてはぁとため息をついた。リーマスの心配をよそに私はそんなに弱くないわよと明るく言ってみせる。
そうよ、もう決めたんだもの。
「ねぇリーマス」
「何?」
「私、ポッター夫妻と約束したの。それからシリウスとも」
「え?」
「不死鳥の騎士団の仲間に入れてよ。ハリーに会いたい」
拝啓、もう会えない君達へ
(私は元気です)
title byperidot様
2007.07.29