起き上がると目の前には膨大な書類。
明らかにおかしいだろ、この量。俺が仮眠してたのってたった30分だぜ?なんで3倍になってんだよ。こりゃまるでバベルの塔だろ、いや微妙に歪んでるからピサか。
自分の机の上にある塔をゆっくり眺めてからほかの奴らの机に目をやる。いつもは均等に立てられてあるはずのこの憎き塔がない。おいおい、他のやつらの机の上はすっきりしてるのに俺だけこんな破滅的に恐ろしいものが建設されてるんだよ。不公平だ。この世に神はいないのか。

「おいジョニー」
「何すかあー?」
「俺の机の上にピサの斜塔を建設したのはお前か?」
「現場監督は室長でしたよ」

またかよ、あの外ハネカール!コムリンだか何だか知らねぇけどいい加減にしろってんだ、チクショウ。コムリン製作によってかかる手間のツケは全部俺に来るんだよ!領収書の整理も実は俺がやってるんだよ!
怒りでドン!と机を叩くとジョニーが建設した斜塔は建設者に向かって倒れていった。わぁぁああとジョニーの悲痛な叫び声が部屋中に響き渡る。叫びたいのはこっちだ。書類に埋もれるジョニーなんてお構いなしに立ち上がった。あいつの声のせいで科学班全員が手を止め、俺を見ていた。徹夜で血走った目で部屋全体を見渡すと、部下と目が合う度、怯えて目をそらされた。

「今日という今日は許さねぇ・・・。下克上をおこしてやる」

俺はそう一言呟くと、まだ倒れてるジョニーをまたいで室長室へと向かった。



バンッ!




「室長!!仕事ぐらいしやがれこの、や、ろう・・・」

ドアを開けたと同時に言ってやったものの部屋にいたのは室長とリナリーと、知らない奴。
インテリーズも日に当らねぇから焼けないけど、同じくらい肌が白くてブロンドのくるくるした髪。ゴシック調の服は室長の趣味じゃないと願いたい。リナリーと同じ歳くらいのその女がいたことによって驚いてなんだか覇気が抜けちまった。
最後の方はほとんど呟くくらいにしか言えなかったし。
その女の子に向かって言ったわけじゃねぇのに、何故かその子がくしゃっと顔を歪めて今にも泣きそうな顔をした。あぁ、ヤバいと思ったけどそれに気付いているのは俺一人。室長はにやにやしていた。

「リーバーくん久しぶりの女の子に照れちゃってたりしてるの?」
「は!?」
「だぁーって、いっつも君はドアを蹴破って仕事しやがれゴルア!って言うのに、今日は途中でやめちゃったんだもん」

珍しいってちょっと浮かれた声で言われても気持ち悪いだけだ。俺だって勿論それくらい言うつもりだったよ。でも、あんな顔されちゃ言いたくても言えねぇだろ。それで泣かれたらどうすりゃいいのかわかんねぇし。
何て言っていいのかわからなくてもごもごしていると、室長は勝手に解釈したみたいでうんうんと満足気に頷いた。

「君の気持ちもわかるよ、リーバー君。ま、リナリーには負けるけどそこそこ可愛いからしょーがいよねっ」

ねっって語尾に星つけてウィンクされてもリアクションに困るんスけど。いや、別にリナリーが可愛くないとかそういうワケじゃねぇけどさ。
先週同じこと言われて、人そーっすねって適当に答えたら号泣しながらリナリーは渡さないって襲い掛かってきたわけだし。かといって否定するとこれまた号泣しながらリナリーの可愛さを念仏みてーに唱えながら襲い掛かってくるし。
どっちにしろ、この上司はタチが悪りぃんだ。

「リーバー君はお仕事サボって何しにきたのかな?」

室長のその言葉に一瞬、ピタリと動きが止まった。
そうだよ、忘れてた。俺は室長に仕事をさせようと思って乗り込んできたんだ。怒鳴らなきゃ問題ないんだよな。
部屋の中にずかずかと入っていき、室長の目の前までやってきた。

「俺はサボってるわけじゃありません。科学班を代表して室長に話があってきました。室長が何かと責任のある仕事だということもわかっています。俺だって伊達に貴方の下で科学班班長やってるわけじゃないんですから。でもですよ、でも!毎日毎日徹夜に残業手当の出ない過酷な労働を虐げられている科学半の連中の身にもなってください。室長だって下っ端時代があったでしょう?徹夜で作った書類を室長室に持っていって判子をもらったときのあの喜びと開放感を味わった経験を思い出してみてくださいよ!早く判子が欲しい、仕事から解放されて心ゆくまで眠りたいという願望を持ったでしょう?それを今の科学半の奴らは全員思ってるんです!切実に願ってるんです!俺の言ってることわかりますか!?」

よく息が続いたなと自分でも思うほど早口で一気にまくしたてると、室長は人差し指を頬にあてて(可愛くもなんともねぇ)うーんと考える仕草をした。

「リーバー君の話が長すぎて最初の方忘れちゃった」

けろっと言うのはわざとか天然か。
わざとだったらキレるぞ。いや、寧ろ泣くぞ。ボイコットするサラリーマンと今なら居酒屋で駄目上司について朝まで飲み語れる。

「し、ご、と!!!」
「そうそう、リーバー君、君に任務を与えるよ」

一音言うたび机の叩いて仕事しろと要求しているというのに、それをさらりと交わして鬼上司はにっこりと笑って俺にそう言った。
ピサの斜塔を建設しておいて更に仕事を増やすだなんてこいつ頭おかしいんじゃねぇの?と心の中に怒りがふつふつと湧き上がってきた。俺だって人並みに休みたいんだよ!と叫んでしまえたらどんなに楽だろう。
でも仕事は仕事だ。
室長に言いつけられた事は全てこなすのが部下ってもんだろう。

「・・・室長がちゃんと仕事してくれるんならやります」
「やだなぁリーバーくん。僕がいつ仕事しないなんて言った?」 「現に今していませんが」
「そ、それは、この子のお世話があったからだよ!」

ほーら仕方ないでしょ、と言ってびしぃっと人差し指を突きさした先にいたのはさっきの女の子。指されたほうはどうしていいのかわからずおろおろしてるみたいだが。隣にいたリナリーが近くにあった分厚いファイルを手にとって室長の方へと近寄っていった。

「この子のお世話をしたのは私よ兄さん」

問答無用でファイルが室長の後頭部に振り下ろされる。リナリーの殴り方に殺意がこもっていたのか、ファイルが実はプラスチック製じゃなくて鉄製だったのか、鈍い音を立てて室長は倒れこんだ。

「起きたら何が何でも判子押させますから安心して」
「お、おうありがとう・・・」

可愛らしい笑顔を向けられても今の俺にはリナリーの背後に修羅が見える。失言したら室長の二の舞になるんじゃないかと思うと背中を嫌な汗が伝った。ある意味神田よりタチが悪いんじゃねぇかと思うくらいだ。

「兄さんのかわりに私が説明するわね。教団の中でリーバー班長が一番言語学に長けているみたいだから暫くこの子のお世話をお願いしようかと思って」

この子、と言いながらリナリーは後ろで突っ立ってる女の子を俺の前に押し出してきた。
急に知らない奴が近くに来て怖かったみたいでその子は涙目でぷるぷる震えてた。拾ってきたばっかりの子猫みてぇな感じがする。
俺に女の子の世話なんか出来るわけないだろ。男だぞ、しかも仕事もあるし。

「男に女の子の世話を任せていいのかよ」
「貴方なら大丈夫って兄さんが言ってたから大丈夫よ」
「つーか、それ以前に犬や猫じゃねぇんだから世話って・・・」
「お世話って言っても班長にお願いしたいのは彼女に言葉を教えることと教団のことの教えること。一人じゃ寝れないみたいだからリーバー班長の部屋にベッドをもう一つ用意しておいたから大丈夫よ」

ファイルを見ながら要点だけを簡潔にまとめたリナリーの説明は相変わらず分かりやすい。分かりやすいが、いくらなんでもそれはマズいんじゃねぇ?襲うつもりはねぇけど、男と女を同じ部屋で寝かせるってこの教団大丈夫かよ。

「それって俺じゃなくてもリナリーがやればいいんじゃねぇの?男と一緒の部屋っていいのか?」
「残念ながら私はこれからミランダと長期任務。ここ自体女の子が少ないし、何より兄さんが一番信頼出来る人間に任せたいっていう希望だしね。貴方なら何もしないって言い切ったんだもの」

それを言われちゃ俺は何も言えないじゃねぇかよ。めんどくせぇって気持ちはあるけど仕事は仕事。アホ室長だけど、いざってときは俺の一番信頼できて尊敬に値する上司たっての希望と言われればな。

「・・・わかったよ」
「そう言ってくれると思った。何かわからないことがあったら私に連絡して」

じゃあ、任務に言ってくるわ、と言ってリナリーは足早に部屋を出ていった。勿論、室長を引きずって。判子も持ってたから多分科学室に放りこんでおいてくれるんだろう。気の利く子だなと思いながら手をふって戦場へと赴く彼女を見送った。エクソシストも探索部隊も全員無事に戻ってきてもらわねぇとな。

台風が去って部屋には二人きり。

くるり、と女の子の方へと振り返った。面白いくらいびくっと体が反応してる。そんなに怯えなくてもとって食ったりしねぇよ。

「あー・・・お前英語話せる?」

ゆっくりと一音一音聞こえるように言ったけど、わかんねぇみたいで首を傾げていた。あぁ、つまり、英語を教えろってことか。
別に言語学関係ねぇじゃん。何語なら話せるんだよ、この子。ヨーロッパ系の顔だし、しらみつぶしに話してみるか。
俺がうーうー唸って悩んでいると小さな手が汚れた白衣を少しだけ、引っ張った。女の子は俺より大分小さいせいで視線を下げないと目が合わない。
何か言いたげに戸惑っていたから、しゃがんで視線を合わせてやった。

「中国語・・・なら、話せる。少し」

顔に似合った綺麗な声で可愛いな、と不覚にも思ってしまった。
中国語が話せるならあの兄妹が初めは世話していたのにも納得がいく。中国語なら話せるし、一応コミュニケーションをとるつもりでいてくれるなら大丈夫なはず。
こんな小さいのに知らない言葉を話す奴らばっかりでそりゃ怯えるよな。ここにいる人間全員がフレンドリーってわけでもないし。むしろ神田みてぇな奴の方が多いくらいだもんな。俺のこと怖がって当然か。
この年でいろいろと苦労したんだろうなと思うと不憫に思えてきた。俺の返事を待ってびくびくしている女の子の頭に手を乗せ、わしゃわしゃと撫でてやる。勿論髪が崩れない程度に。

「中国語なら俺も話せるよ。俺の名前はリーバー。お前は?」
「・・・
「何歳だ?」
「・・・16歳」
「そうか。これから仲良くしような」

見た目12歳前後にしか見えないのに、と思ったけど俺が表情を変えるとまた不安になるだろう。頑張って子供ウケするように笑ってみた。 の反応を見てると、きょとんとした顔のまましばらく動かなくなって、それから少しだけ笑ってくれた。
猫がなついてくれたみたいで俺も嬉しくなって一緒に笑った。

「まずはここを案内するか」

立ち上がって部屋を出ていこうとすると、慌ててぱたぱたとついてくる。そして、後ろからまた白衣の裾をきゅっと掴んだ。

「あー・・・手、つなぐか?」

恋人同士じゃないから手を繋いじゃいけないってわけじゃないんだけど、こんなことしていいのか?と思うと少しばかり躊躇う。誘拐とかじゃないから何もやましいことなんてないんだけどさ。
少し控えめに手を差し出してみたけどはむぅっと少し不機嫌になって、両手で俺の白衣をぎゅっと掴む。一生懸命首を横に振って、noと表現された。差し出した左手が少し寂しかったけど、がそっちがいいって言うなら仕方ない。引きずらないようにゆっくり歩けば大丈夫だろう。

「そうか。じゃあはぐれないようにしっかり掴んでろよ」

教団は広いから迷子になりやすいぞ、と付け足すとはますますしっかりと握り締めた。
そんなに握られたら俺の白衣のびるだろ、と思ったけど、言っても無駄なことはわかっていたからもう一度頭を軽く撫でてやって部屋を出た。



イッツアショータイム
(初めて会ったときの君は正直可愛かった)


2007.07.21