雪が降ってほしくて、私は部屋を抜け出した。
そうしてひたすら上へ上へと上がっていく。
そうしなきゃ雪が見えない気がしたから。



最上階にたどり着くと窓から屋根へとうつって安定感のある場所に座った。そしてゆっくりと空を見上げた。教団の塔は高いから空を遮るものは何もなくて星はよりいっそう綺麗に見えた。しばらくそうしていると、突然空が切られた。

「神田ー、せっかくの星空観察の邪魔しないでよ」

後ろを振り向いてそう言うと不機嫌そうな神田がふんと言って六幻を鞘に収めていた。多分同じ通路を通ってきたんだろうなぁ。早寝早起きの神田がこんな時間まで起きてるのってすごく珍しい。珍しいけど、そんなこと口に出したらきっと怒られて六幻を抜刀しかねないからだっておこう。だって神田はそのネタでラビにじじい呼ばわりされて本気でキレていたんだから。
それにしたって今日の神田はいつにも増してすごく機嫌が悪い。いつも眉間にしわを寄せているんだけど機嫌がいいときと悪いときでは微妙に違う。それを見分けれるのは教団内では私だけ。神田片思い歴3年の特技の一つ。

「バカンダー・・・」
「あぁ!?」

当社比1,5倍のにらみでも私は慣れたからちっとも怖くない。くすくすと笑ってしまったらますます不機嫌になっちゃった。神田の不機嫌な理由を聞きたくてぽんぽんと隣を軽くたたいた。そしたら神田は珍しく黙って隣に座ってくれた。ますます珍しい。なんだか野良猫がなついてくれた気分で少し嬉しくなった。でもこれも言わない。

「珍しくない?」
「何がだ」
「神田がこんな時間まで起きてるなんて」

なるべく嫌味がないように言ったけどそれでもその話題に触れられるのが嫌だったのがやっぱり少し機嫌が悪そう。

「俺がいつ寝ようと俺の勝手だ」
「はいはい」
「何がおかしい?」
「え?」
「締まりのない顔がますます締まりがねぇぞ」

神田とゆっくり話すことが嬉しくていつの間にかにやけてたらしい。えへへって笑ったらこつんて頭小突かれた。

「気持ち悪りぃ」
「だーって」

神田と一緒にいられて幸せだもんって言いたかったけど、それから先は言わなかった。

「最後まで言え」
「やーっだ」
「ふん」
「何?興味ないの?」
「最後まで言う必要のねぇことなんだろ?」
「あー、そうやっていっつもつまんない解釈しちゃう。神田のそういうトコダメなんだよー?」
「うるせぇ」

そりゃあ私のことなんとも思ってないんだから仕方ないけど私は神田のこと知りたいって思うのと同じだけ神田も私のこと知りたいって思ってほしい。私が神田に思うだけの気持ちと同じものを返してほしい。我侭な願いだけど、無理な希望なんだけど、こんな時そう思ってしまう。

「で、なんで寒いの嫌いな神田が夜中にこんな場所に来たの?」
「・・・・」
「神田ー?」
「・・・・」
「ユウくーん?」

神田はユウくんって呼ばれるのが嫌いだ。子ども扱いされてる気がして嫌だって前ボヤいてたんだけど神田が無視するときにはこうやって呼ぶと必ず返事してくれるから。軽い脅しみたいな感じだけど、こうでもしないと神田って会話してくれない。

「・・・・だよ」
「へ?」
「お前がクソ寒いなか外に出てくからだよ」
「なんで私が出てくのと神田が来るのが関係あるの?」

意味わかんない。神田って時々わけわかんないこと言い出すクセに理由聞いたら抜刀するから怖い。

「それ聞いたのが今日じゃなかったら俺はお前の首を確実に飛ばしてやるからな・・・」
「いやいや、ユウくん。女の子にむかってそーんな怖いこと言ってると泣いちゃうよ」
「気持ち悪りぃ。付き合ってらんねぇ」

そう言って神田は立ち上がってコートについた埃をはらった。

「え?もういっちゃうの?」
「うるせぇ」

神田との時間10分弱。寒いのか眠いのかはわかんないけどきっと明日の任務に差し支えるから寝るんだろうな。任務のこととなったら何も言えない。教団を出ると何処から襲われるかわからないから常に神経張り詰めてなきゃいけないし、寝ることだってろくにできない。教壇にいる間にしっかりと睡眠をとらなきゃいけない。私の我侭を聞いてくれるとは思えないけど、それで睡眠時間足りなくて少しでも集中がきれたら神田は二度と戻ってこないかもしれない。そんなこと考えたくない。けど、突然やってくるかもしれないその別れを私も神田もこの教団にいる人間全員が覚悟しなきゃいけないことなんだから。



何ヶ月ぶりかに名前を呼ばれたと思ったら頭の上に神田が何かを置かれた。バランスを崩してそれが落ちそうになったから慌てて両手で受け取ると手のひらサイズの白い立方体の箱にピンクのリボン。ゆっくりとリボンをほどいて中を開けると、小さなリボンモチーフにダイヤがついているピアスが入っていた。びっくりして神田を見ると後ろを振り向いたまま。

「別にたまたま見かけただけだからな」

いつもと変わらない口調だったけど、耳が真っ赤になっていた。どこかの町で眉間に皺をよせながらピアスを選んでいる神田を想像したらすごく不似合いで、でも私のためにそれを選んでくれたのかなって思ったら嬉しくて後ろから飛んで神田の首に抱きついた。

「振り落とすぞ!」
「やだぁー」

ぶんぶん回されているけど全然落とすつもりがない回し方で私はもっと嬉しくなった。

「ねぇ神田ぁー」
「あぁ?」
「これ後でつけて」

せっかく勇気を出していったのに神田は何も言わず、私を首に引っ付けたまま屋根をおりた。降りるタイミングを失った私は屋根をおりてから首に回していた手をほどき、自分の足で地面に着くと神田はすたすたと歩きだしてしまった。慌てて追いついて後ろを歩いていると神田がまたぼそりとつぶやいた。

「俺の任務が終ったらゴーレムで帰る時間連絡する。一番に出迎えろ」

それは多分神田なりのピアスの返事だって受け取っちゃうよ?私の気持ちと神田の気持ちが少しだけ近づいたって思っちゃうよ?
もしかしたらそこまで深い意味はないのかもしれないけど、少しでも私を特別に思ってくれてることが嬉しくてうんって頷いた。前を歩いている神田が気づくわけないのに。
いつもは冷たく人を突き放すような神田の背中が今日はなんだかあたたかく見えた。神田を追いかけるんじゃなくて横に並んで一緒に歩きたい。そう思ったら私の気持ちは止められなくて許可もないのに神田の隣に並んで歩いた。ちらっとこっちを見たけど怒らないし抜刀しないあたりいてもいいって解釈してそのまま一緒に歩いた。
そっと手をつないだら神田は何も言わずに握り返してくれる。きっと今の私の顔はさっきの神田に負けないくらい真っ赤なんだろうなって思ったらもっと恥ずかしくて少し下を向いた。神田もきっと今顔が赤いのかな?心臓がドキドキしてるのかな?すごく気になったけど私達はお互いの顔を見ずに黙って歩いた。















2006.12.25