任務先に着いた時は夜中だった。イノセンスがああるかもしれない場所は町から大分離れたところにあるらしく回収には明日行くらしい。
トロくせぇことなんかやってるとアクマが来て採られちまうだろって思ったけどコムイの新作のおかげで大丈夫だとか何とか。
アイツの作るモンなんか信用ならねぇけどここまで押されちゃ仕方ねぇ。

「その代わり、日の出と共に出発だからな」

はっきりとそう言うと探索部隊はわかりました、とだけ言った。あいつもこれくらい素直ならいいのに、と思ったが、任務先に来てまであいつのことで頭がいっぱいになるのは癪に障るからそんなくだらねぇ思考はさっさと排除した。
ホテルの部屋に入って荷物とコートを適当に放り投げる。
放り投げたってあいつの顔が頭から離れない。
最後に見たのは確か3日前の夜だったな。会ってすぐ喧嘩したんだ。原因なんてもう忘れたが。
喧嘩するとアイツは決まって俺を殴って蹴って罵倒しやがる。それから、

泣きそうな顔をして下唇をぎゅっと噛むんだ。

何我慢してんだよ。泣きたきゃ泣けばいいだろうが。俺の前で我慢するんじゃねーよ。
そういうときのアイツは絶対俺には触れさせてくれなくて、手を伸ばしても上手くかわしてどっか消えちまう。

本当は抱きしめてやりたいのに。


気がつくと俺の両手は真っ白になるくらい力強く握っていた。ぱっと離すとさーっと血が流れて赤味がさす。


会いてぇ、なんて思ったのは初めてかもしんねぇ。

早く教団に帰りてぇなんて思ったのも初めてだ。

アイツ、また泣くの我慢して一人で抱えこんでねぇかな。


天井を見てボーッと考えていたらドアをノックする音がした。その音と一緒にアイツの顔が消えていく。
邪魔すんじゃねぇよと思いながらも渋々ドアを開けるとさっきの探索部隊の奴だった。名前なんざ、いちいち覚えてられねぇ。

「神田殿、本部から連絡です」
「用件はなんだ」
「さぁ。リナリー殿が大事な話がある、と言っていました」

リナリーと特別な話をするほど仲良くねぇ。全く見当がつかないがとりあえず、ゴーレムの繋がった電話に出た。

「何なんだよ、話って」
「・・・」
「リナリー?」

電話の向こうにいる気配はするのに全く返事がねぇ。
イタズラ電話か?せっかくの貴重な時間を無駄にしやがって。
チっと舌打ちすると切るぞ、と一言言って受話器を耳から離した。

「・・・っ神田!」

遠くなった受話器から聞こえてきたのはリナリーじゃなくてアイツの声。
もう一度受話器を耳に押し当てた。

「・・・か?」
「あ、の・・・っ」

いつものらしくない泣きそうな声。
そんな声するなよ。うっとおしいくらいのうるささは何処行ったんだよ。
俺のいない間にそんな声するなよ。

「何だ?」

用がないなら切るぞ、って言ったものの本心ではぜってぇ切りたくねぇ。

「用っていうか、ないわけじゃないんだけど・・・」
「なんだよ?」
「その・・・ごめんなさい」
「は?」
「殴ったり、蹴ったり、ハゲって言ったりとかして・・・」
「そんなのいつものことじゃねぇか。お前別に喧嘩しなくたって全部俺にやってくるってこと忘れたとは言わせねぇからな」
「や!忘れてませんよ!でも・・・」
「でも何だよ」
「・・・喧嘩したまま任務に行っちゃったから」
「任務なんだから仕方ねぇだろ」
「だって、神田と一生仲直りできなくなったら、やだもん」
「俺は死なねぇっつってんだろうが」
「でもっ、不安になるの・・・。神田がいなくなったら、ヤダ。さみしくて死んじゃう」

おい、その言葉は反則だろ。
少し緩む口元を探索部隊の奴にバレないように手で隠した。顔、赤くなってるかもしんねぇ。

「お前、明日何日か知ってるか?」
「え、と、6月6日」
「俺の誕生日」
「ほんとに!?え、でもそんな話誰からも聞いてないよ!?」
「誰にも言ってねぇんだから当たり前だろ」
「あ、そか」
「お前は馬鹿だろ」
「んなっ、馬鹿じゃないもん!神田のハゲ!」
「ハゲてねぇよ」

やっとの笑い声が聞こえた。
さっきまで泣きそうだったのに現金な奴。

「おい、せっかく誕生日教えてやったんだから帰ったときにがっかりさせるなよ」
「え?」
「俺は明後日生きて教団に帰る。絶対に」
「・・・わかった。楽しみにしててね」
「ああ」

それから二言三言交わして電話を切った。ゴーレムを離してやると俺の頭の上をアホみてぇにくるくると飛び回りやがった。いつもならうっとおしいから叩き落すけど、今日ぐらいは勘弁してやるか。
部屋に戻る前に探索部隊に会った。

「用事、終わりましたか?」
「ああ」
「いい用事だったんですね」
「?」
「神田殿、すごく優しそうな顔してますから」

にこっと笑った探索部隊に全てを見透かされたような気がして急に恥ずかしくなった。

「なんでもねぇよ。明日は早いぞ。寝坊したら切るからな」
「はい」


金曜の朝

(金曜の朝には君に会えるから)



2007.06.11