愛しています





ワンルームの狭くて小さな部屋。
私の大好きな白で埋め尽くされた家具達は全部彼がくれたもの。
今飲んでいる紅茶もマグカップも左手の薬指にはめられた指輪も全部全部彼がくれたもの。
あの人は私に全てをくれた。魔法学校にいた頃から。
私がおなかすいたといえば大好きなチョコをくれた(彼はきっと私のためだけにチョコを常備していたから)。勉強がわからないといえば教えてくれたし、一人でも勉強できるようにわかりやすく解説が加えられた洋皮紙をたくさんくれた。会いたいといえば時間をくれた。すきといえば愛をくれた。
そんな彼がくれなかったものはたった一つ。

玄関のベルが鳴った。マグを机の上に置き、ガウンを羽織る。
時計は2時を指している。こんな時間に家に来るのは彼だけ。そうわかっているから、ドアの向こうの相手を確認せずに鍵を開けた。

「無用心だぞ」
「相手なんてわかってたんだもん」

会って一言目がそれ?って聞きたくなったけど、いつもむっすりした顔が更に機嫌が悪そうで。それは私を心配してのことだとわかっていたから、にっこり笑って返事をした。
少しだけ開いたドアの隙間から中に入り、コートを脱いだ。私はそのコートを受け取ってハンガーにかける。
彼の指には、私のとは違う指輪が光っていた。私の視線に気づいた彼が、ああと一言だけ呟いて指輪を外す。

「怒るなよ。食事の後急いで来たんだから」
「怒ってない」

上等のジャケットのポケットに外した指輪をしまい、もう片側のポケットから私と同じ指輪をはめた。
その行動が滑稽で思わず笑ってしまう。その指輪をしたときだけはあなたは私のものになるなんて、可笑しい。

「怒ったり笑ったり忙しい奴だな」
「そんなの昔からでしょ」

ふふと笑って、キッチンへと向かおうとした私の腕を彼が少し強めに掴む。

「紅茶いらないの?」
「いらない。それより、休みたい」

彼の顔には明らかに疲労が浮かんでいた。私はキッチンへと伸びていた気持ちを切り替えて、ガウンを脱ぎベッドへと向かう。彼もジャケットもネクタイも外してソファへと投げ、私の隣に寝転がった。

「疲れた」
「魔法省は大変ね」

そう言いながらブロンドの髪を撫でると、天井を見ていた彼の体は私の方へと向き、甘えたように抱きついてくる。それはまるで子供が母親に甘えるようで。きっとこんな顔を見れるのは私だけの特権なんだろうなと思うと愛しくなって、彼の頭を自分の胸へと抱き寄せた。

「今週は何があったの?」
「新聞の通りだ。能無しの奴らばかりでイライラするよ」
「ドラコが一番だもの。当たり前」
「書類の山と何時間も戦った後、家に帰れば役立たずな屋敷しもべ妖精に頭の悪い妻。最悪だ。疲れた顔をしているのに、友達を呼んで食事会をするだとか言い始めて。僕が疲れていると言えば文句ばかり。」
「その食事会が今日だったのね」
「くだらなすぎたから魔法省から呼び出されたと言って抜けてきたよ」
「それが一番正しいと思う」

くすくす笑うと彼はようやく笑った。

の家が一番落ち着く」
「だって私はドラコのためにここにいるんだもん」
「そうだな。昔からずっと一緒だったな」
「そうだよ。ドラコと一緒にご飯食べて、授業受けて、本読んでる隣でお昼寝して。」
「夜は毎日僕の部屋に忍び込んできたしな」
「あれ結構大変なのよ?」
「今やっとの気持ちがわかるよ。言い訳がそろそろ尽きそうだ」
「気をつけてね」

一言そう言うとドラコはああ、と呟いて、黙った。
きっと、私とこんな関係を続けていることに対する後ろめたさからなんだろうなと思う。いつも、この話題になると黙ってしまう。でも私は昔からわかっていたから。純血のドラコとマグルの私。どんなにすきだと叫んでも、決して超えられない壁があるって。もし私が魔法使いの家庭に生まれていたらと何度も思った。
純血だというだけで、社交界でドラコと踊る女の子が羨ましかった。
純血だというだけで、ドラコの両親に歓迎される彼女が羨ましかった。
純血だというだけで、夫婦になり妻という最高の肩書きを手に入れたあの馬鹿女が羨ましかった。

学校を卒業してから私とドラコは別々の道を歩まなければいけなかったのに、ドラコは私を離さなかった。多分、自惚れじゃなければ私がドラコをすきだと思う以上にドラコが私を愛してくれてるからだと思う。だってよく考えてみたら、私にはドラコしかいないから、今の関係がバレても何も問題はない。でもドラコには家庭も地位もある。不倫しているだなんてバレたら、それこそ今まで積み重ねてきた努力が全て崩れてしまうんだもの。

「なあ」
「ん?」
「お前、彼氏、とかいない?」
「いないよ」
「そうか」

その声が彼にしては珍しく、少し控えめで可笑しかった。彼氏はドラコだよ、という勇気は私にはない。

「今日はちょっと弱気だね」
「別に」
「ドラコかーわいい」

ドラちゃーんと冗談交じりでキスをすると、うるさい!と怒られた。彼は私にドラちゃんって呼ばれるのが大嫌いだから。からかわれているみたいで嫌だと昔言ってた。そんなこともきっと奥さんは知らない。だから私は今でもわざとこの呼び方をする。
機嫌が良いときは一緒にお酒を飲む。イライラしているときは彼の為すがまま。
今日もこのまま抱かれちゃうのかな、ああでも妊娠しないように気をつけなきゃなんて軽い気持ちで彼の次の行動を待っていたのに、何もしない。毎日ストレス社会と戦って心身共に限界まできていたのかも。動く気配すらないところを見ると、動かないんじゃなくて動けないくらい疲れているんだ。
家に帰っても疲れるだけなんだろうなと思うと、いつか過労で倒れちゃうんじゃないかと思って心配になってきた。

「疲れた時はさ、ここに来ればいいよ。私はここで暮らしてる。朝起きて、仕事に行って、たまに仕事の後に友達と遊んで、お酒飲んでここに帰ってくるから。普通の魔法使いだから、ドラコの奥さんみたいな社交界のコネも純血っていうブランドも持ってないけど。でも、私は屋敷しもべ妖精より上手な料理が作れるし、奥さんよりドラコを癒してあげられる」
「でも、」
「結婚はしないよ。学生の頃言ったこと覚えてる?
私はドラコが大好きだから、奥さんにはなれないけど、ドラコのために生きるよって。そう言ったでしょ?」
・・・」
「重くてごめんね。卒業して、ドラコに新しい彼女が出来て、婚約して、結婚して、全部見てきたけど、やっぱりドラコが好きなんだ」

重くて嫌になったら捨てて、と笑いながら言うと彼は私の胸に顔を埋めたまま首を横に振った。それからゆっくりと顔をあげる。彼は泣いていた。静かに涙を流していた。私のために泣いてくれてるのが嬉しくて、そのきれいななみだを見ているのが幸せだと思った。

がこの関係を嫌なんじゃないかって心配だった。僕の独りよがりでの人生を壊しているのかと思った」
「馬鹿ね。私の性格を考えてよ。本当に嫌だったら、こんなドラコにもらったもので囲まれた部屋にいないし」
「それもそうだな」

彼が少し困ったように、でも幸せそうに笑った。
ねえドラコ。私はちっぽけな肩書きなんていらないよ。約束もいらない。でもね、ひとつだけ欲しいものがあるの。これを言ったら笑うかな?怒るかな?困るかな?いつもそう悩んで言わなかったの。でも今なら素直に言える気がする。




忘れないで
(例え私があなたの隣を歩けなくても)