獄寺難しい









誰もいない静かな音楽室が好き。
バッハとかモーツァルトとかシューベルトとか全然わかんないけど、静かな部屋でクラシック音楽を聴くという行為が単純に好きな私は放課後音楽室に通うことが日課だったりする。
それは今日も同じで。
いつものように掃除当番の子達が帰った頃に音楽室のドアの前に立っていた。職員室から拝借して勝手につくった合鍵をポケットから出して、鍵穴に指す。ガチャリ、と鍵の開く音がしてドアがギイと重い音を立てて開いた。
建前だけの適当な掃除当番達のせいで音楽室全体が埃をかぶっていた。去年、新しい校舎に新しい音楽室が出来て以来、この音楽室が使われていないから。
レコードが乱雑に積み上げられている棚から適当に取り出して、音楽をかけた。
今日は何を聞こうかなくらいのノリで選んで、その日の気分に合ってたらラッキーと思うくらい。ゆったりとしたなメロディーがスピーカーから流れ始める。今日の気分にもなかなか合っていて、私はピアノの椅子に座って、目を閉じた。
何曲か聴き終わった頃には私はすっかりクラシックの世界に入り込んでいて、ドアが開いたことにも、その人物の存在にも全く気付かなかった。

「おい」
「うわああ!!!」

突然声をかけられて、心臓が口から出てしまうんじゃないかってくらい驚いて、驚きすぎて思わず椅子からひっくり返った。

「ぃぎゃあああぁ!」
「うるせぇよ」

おばけかと思ったんだけど、そこに立っていた人には足があったから人間だった。人間というか、私の彼氏だった。

「ご、ごくでら」
「何なんだよその間抜け面は」

開きっぱなしだった口を慌てて閉じて、転んだままの姿勢を正して絨毯の上に正座する。何で正座かと聞かれると困るんだけど、なんとなく低姿勢で接しなければいけないような気がして。私が正座したのを見て、獄寺はレコードに手を伸ばす。

「ふーん」
「な、何」
「お前がこーゆーの聞くの、意外」

獄寺の手にあるレコードにG線上のアリアと書かれていた。私はそうかな?と言って首を傾げると、獄寺は私を無視して(奴は私の話を7割聞いていない)レコードをじーっと眺めた。付き合って半年も経つのに彼氏が彼女の放課後の楽しみを知らなかったのは、彼氏が十代目馬鹿だから。付き合った初日から俺は放課後は十代目をお守りしなきゃならねぇとか何とか意味のわかんないことを言って、沢田の金魚の糞をしているから。最初の1か月はなんで一日も開けてくれないんだニコチン中毒野郎!と心の中で(あくまで本人には言わず)毎日沢田と山本と帰る獄寺の背中に悪態をついていたけど、毎日電話してくれるし、記念日も忘れないし(さすがイタリア男)、休日も沢田と会えない日は会ってくれるし、何より自由奔放な私の性格に、獄寺とのこの少し距離のある付き合い方が合っていたりする。

「んー、なんか、うん、好き」
「何だよそれ」
「だって、私クラシックのこと何も知らないから」
「知らない癖に聞いてんのかよ」
「雰囲気が好き」
「ばーか」

そう言って獄寺は私のおでこにデコピンをした。意外と痛い!

「おら、つめろ」

何を思い立ったのか突然獄寺が私の隣にどかっと座った。狭いかなと思って、横暴だなあと思いながら椅子から立ち上がると、腕を引っ張られて、狭い隙間に無理やり座らさせる。同じ椅子に座ってるのに、反対方向を向いて。

「なになに?」
「いいから黙ってろ」

振り向こうとした私の頭をがしっと掴んで、無理やり前を向かされる。何なんだこの男は!と思ったけど、直後に聞こえてきたピアノの音と一緒に私のムカつきはどっかに行ってしまった。

獄寺が、ピアノを弾いた。

それはさっき私が聞いていた、ええと、G線上のアリア。いつも爆弾持ってキレたり、煙草を吸ってる獄寺の指先からは想像がつかないくらい、優しくて綺麗な音色。たまに、ほんのたまにだけど、お家でごろごろしてる時に、撫でてくれる時とかキスする時にほっぺたを触られる時の獄寺の指に似てる。レコードなんかで聞く曲とは全然違って、そこに獄寺の愛を感じてしまった。
ちょっと甘えて獄寺の肩に頭を乗っけて曲を聞いていると、曲が終わった。

「ごく、「お前今日、何日かわかってんのか?」

今日、は、何日だろう。スカートのポケットから携帯を取り出してディスプレイに表示されている日付を見た。7月2日。

「あ、半年」

この前獄寺の家に行ったとき、半年記念日くらい一緒に帰りたいって駄々こねたんだ。よい距離があるのが好きだけど、やっぱりたまにはカップルみたいなことしてみたくて、ちょっと軽めに言ってみたら、案の定、お前と帰ってる時に十代目に何かあったらどうすんだよ、の一言で済まされてしまって、彼女より沢田が大事かこの野郎!と久しぶりのネタっで喧嘩したんだった。

「沢田は?」
「許可頂いてきた」

沢田が誰よりも大事なはずなのに、私も忘れてた記念日も些細な喧嘩も覚えててくれて、何やかんや怒りながらもちゃーんと愛情表現してくれるんだと思ったら、くすぐったいような嬉しい気分になった。

「へへへー」
「気持ち悪ぃな」
「だってなんか愛を感じた」
「言ってろ」

憎まれ口を叩く獄寺の耳が真っ赤になってるのが銀色の髪から見えちゃって、そこにますます愛を感じたから、私からの愛情表現ってことで押し倒してキスしてやったら案の定殴られた。


G線上のアリア
(今度はヴァイオリンも聞かせてね)


2009.07.02