夏休みになって久しぶりに家に帰った。
1年経っても家に変わりはなかったけれど、メイドが半分くらい消えていた。きっと父上と気が合わなかったんだろう。
マントと荷物をメイドに渡して、階段を上り部屋へ戻った。夕食までまだ時間はある。本でも読んでのんびり過ごしたかった。部屋ならうるさい屋敷しもべ妖精もメイドもいない。去年の夏休みに買って一度も座ることなくホグワーツに戻ってしまったソファーが部屋に置かれていたので、本棚から一冊の本を取り出し、ソファに寝転がった。
読み始めてすぐに控えめなノックが聞こえる。うっとおしかったので無視したら勝手にドアが開いた。
勝手に入るなと怒鳴りつけてやろうかと思ったけれど、入ってきたのは屋敷しもべ妖精なんかじゃなくて、ボーバトン魔法アカデミーに入った幼馴染のだった。

「久しぶり。さっきお母様に会ったらドラちゃんが帰ってるって聞いたから」
無視を決め込むとはドアを閉めて、部屋の中に入ってきた。僕が座っているソファの反対側に腰をおろす。
「学校はどう?」
「お友達は出来た?いじめられてない?」
返事がないとわかっているのに矢継ぎ早に質問をぶつけてくる。こいつはいつもそうだ。
「...彼女は、出来た?」
の口から絶対に出てきて欲しくない単語が出てきた。イライラして、近くにあったクッションを投げつける。彼女の顔にクッションが あたったのが更に癪にさわった。
「出てけよ。もう勝手に部屋に入っていい年じゃないだろ」
「だって...」
「婚約者に勘違いされるぞ」
「違っ」
「わないだろ」
冷たく言うとが黙って下を向いた。もう涙が枯れるくらい泣いて決断したんだから、こんな中途半端なことされても困る。
「ドラちゃんのうそつき」
「は?」
「私をお嫁さんにしてくれるって言ったのに」
いつの話だよそれは。小さい頃の口約束を未だに信じているのか。結婚指輪だってシロツメ草で作ったお粗末なものだったはず。
そんな話を本気で言うような年じゃないことはお互いわかっているのに、は言わずにはいられないのか。
「ムリとか言わないで。ドラちゃんの口からそんなこと言われたくない」
「じゃあ...」
「私だってホグワーツに入りたかった。ドラちゃんがいない学校なんてつまんない。」
「あいつがいるだろ」
「つまんない男よ」
「つまらなくても一生一緒にいる男だろ」
「ドラちゃんがいい」
「ドラちゃんじゃなきゃやだ」
「なんで私の家はドラちゃんと同じくらいの家系じゃないんだろ」
の家の家系がうちより低いことが問題なんじゃない。事実、父上は僕との婚約を考えていた。
それを断ったのは僕だ。
は普通の魔法使いの家庭を持てばいいじゃないか」
「隣にドラちゃんがいない家庭なんか嫌」
そう言ってまた黙りこくった。
僕の夢の一つは、隣にを置くことで、それは今でも変わっていない。けど、と婚約するということは、も僕らの仲間に引き込むということ。そんなことできるわけがない。

「あの人は私がまだドラちゃんのこと好きだって知ってる」
それから、僕がのこと好きだってことも話してある。
「でも何も言わないから」
そりゃあ、僕からを引き離したら殺してやるって脅してあるから。
「傍にいるだけならいい?」
必死な顔でそう言ってきた。唇が震えて今にも泣きそう。
婚約の話が持ち上がったとき、婚約が決まったとき、学校が離れるとき。ずっとは泣いていた。それでも入学式は来てしまい、結局僕らは5年生になってもこの関係が続いている。
やっと現実を受け入れはじめて泣かなくなったと思ったのに、3年生になったあたりからは夏休みになると毎年こうやってやってきて僕の心を揺さぶる。
抱きしめてやることも出来ず、突き放してやることもできない。
の言葉に僕は頷くしかなかった。



報われなかったシンデレラ

2008.02.06