ラビの髪が好きなだけ














入道雲が素敵に空に映える季節、人はそれを夏と呼ぶ。

「なーんちゃって」

屋上に寝転がってシャッターを切る。

雲はひたすら空を流れる。
風はひたすら世界を走り続ける。
蝉はひたすら声を振り絞る。
あたしはひたすら写真を撮る。

あたしって写真家の上に詩人なのかも、なんて馬鹿なことを思うのは夏の暑さにやられちゃったからかもしれない。
もう一枚入道雲の写真を撮ろうとシャッターボタンを押しかけて、やめた。
ファインダー越しに写ったのは入道雲ではなく真っ赤な髪を揺らす馬鹿男。年中ウザいけど夏って特にこの男ウザい。
だって暑苦しいんだもん。
ー。また写真?」
「何か文句でも?」
カメラをおろして体をあげようとしてもあがらない。よく見ると、あたしはラビに組み敷かれている状態だったらしい。
暑苦しい原因その一。
「んーないけどさあ・・・」
「じゃあいいでしょ?退いて」
「いーや」
「なんで?」
「だって動かないから」
「だってラビが退いてくれないから」
このままだと永遠に終わらなさそうな会話を区切りたい。てゆか、この状況から抜け出したい。
普通に他人が見たらこんなの彼氏彼女じゃない。彼氏彼女でもこんな暑苦しい時期に暑苦しいひっつき方しないわよ。
「暑苦しい。邪魔」
「え、ひどいさぁ!!」
「だって夏に屋上で押し倒されてべたべたされたら暑いわよ。」
「愛があっても?」
「そんなものないでしょ」
それだけ言うともう一度カメラをのぞきこんだ。風に揺れる赤い髪がうつって綺麗。ぽおっと空と髪に見とれているとぱっとカメラが消えた。驚いて固まっていると目の前にはラビ。この人はほんとに何なんでしょう。毎日毎日うっとおしいくらいに好きだの愛してるだの言ってくる男は一体何がしたいんでしょう。愛というものに興味が湧かないあたしには全くもって理解不能な生き物。
そんな理解不能な生き物は今あたしのカメラを奪ったかと思うとあたしの唇にちゅーしちゃってるわけなんですよね。キスなんて初めてだけど、マシュマロ食べてるみたい。男の子の唇も柔らかいのね。押し付けられてるだけなんだけど、抵抗する気もないし、ただなんとなくラビの髪を見ていたあたしは女の子失格でしょうか。
「っは・・・」
ついに酸欠に陥った理解不能は生き物はようやくあたしから離れてくれた。でもその目はもういつものへらへらしたラビじゃない。男の目で女のあたしを見ていた。

「何?」
「抵抗しなかったのは俺のこと好きだからと自惚れてもいいんでショウカ?」
「あたしが好きなのはラビの髪の色よ」
そうよ、あたしはラビが好きなわけじゃないの。ラビが現れると少し心臓が早くなったり、ラビに会えない間はずっとラビのこと考えてたり、ラビにキスされて嫌だと感じないのはラビの髪が好きだからなの。ラビの髪を写真に撮りたいからなの。

ラビが好きなわけじゃない。

ラビの笑顔を独り占めしたいわけじゃない。



人はそれを恋と呼ぶ
(わかってないのか知りたくないのか)

2007.03.28